混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
2)縁談のお相手は
 イライザは、父の要求をのんだように振る舞っていた。

 そんなイライザに気をよくしたのか、早速ヘンリーが縁談をとりつけてきた。そして、その相手は、イライザの想定とは少し違っていた。

 イライザは、父の連れてくる結婚相手は、商会の誰かだとふんでいたが、そうではなかった。

 相手の情報を掴んだアレンが、イライザの部屋へ注進に来た。

 イライザの部屋は、幼い頃から変わっていない。港を、海を見下ろす丘の上の一軒家。そこには、イライザと父ヘンリーの他、アレン達兄弟が住んでいる。イライザの部屋は屋根裏で、家の中で最も眺めがよく、海がよく見えた。

「ガブリエル・イザード? 造船王の?」

 その名を聞いて、イライザの胸は粟立った。記事を読んだと、旅行記の依頼にじきじきにやってきた、精悍な姿が浮かんだ。

 イライザは窓辺に座り、アレンは、窓に向いたイスに座っている。

 眺めの良い窓の側に立つイライザの髪が風にそよぎ、その姿は一枚の絵のようにも見える。アレンは、兄妹同然に育ったイライザをまぶしそうに見ながら言った。

「僕もね、兄達の誰かか、商会幹部候補の誰かかと思っていたんだけど」

 アレンの二人の兄もブルー・ムーン商会の社員であり、それぞれ別の港で支社を任されている立場だった。今のところ全員独身ではあるが、年回りからいって、一番の候補になり得るのはアレンだろうに、敢えて無視しているのか、アレンはそれについては触れなかった。

 イライザは、アレンの軽口を無視して、窓から見える海を見つめた。

 そして、こうも思っていた。

 イザベラ・クリフトンの出自は隠している、社内でも、イザベラがブルームーン商会社長の娘である事を知る者はごくわずかだ。

 造船王の新造船へ乗り込み、立ち寄り先の国々についての旅行記を物して、本としてまとめる。それは、客船としての新造船のアピールであり、イライザにとってはキャリアアップの為のチャンスでもあった。それだけに、この奇妙な偶然に、イライザの胸はざわめいた。

 もしや、それも込みでの抜擢だったのだろうか。

 イライザは考え込む。

 当初、イライザは縁談を受けるふりをして、当事者との場を設けられる前に逃げ出すつもりでいた。

 外洋へ出る船に乗ってしまえば、父とてやすやすと追いかけてくる事はできないからだ。

 海運業を営み、貨物船を数多く所有する父であっても、たかが出奔した娘の捜索に船をひとつつぶすことは無い。停泊先の港に電信を飛ばして、息のかかったものに先回りされる事はあっても、少なくとも港までの自由は確保できる。

 そして、港に着いて、雑踏に紛れてしまえば……。少々甘い見込みではあったが、他に名案が思い浮かばない。

「イライザも観念して、政略結婚の犠牲になるかい?」

 アレンが軽口をたたいた。

「どうしようかな……」

 思案しながら、イライザはアレンを立たせた。

 イライザは女にしては長身で、アレンは、男にしては小柄な方だ。

 それでも、並べばアレンの方がいかつく見える。

 しかし。

「結局、あまり、背、伸びなかったみたね、アレン」

 嫌味を言う口調では無い。イライザは見たまま素直に口にした。

 アレンの方も、イライザのそうした遠慮の無い感想に慣れているのか、淡々として答える。

「……君だって、結局僕の身長を越す事はできなかったじゃないか。 ……まあ、ほとんど同じくらいではあるけど」

「……綺麗な顔だよね」

 今度は、率直な感想では無く、何事か企んでいる様子でイライザが言った。

 アレンは、イライザの言葉には答えなかった。

 イライザがこんな顔をする時は、よからぬ事を考えている時だという事を、幼なじみのアレンはよく知っていた。
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