ほろ甘さに恋する気持ちをのせて――
素直な気持ちを想いにのせて
 ドアの前で立ち止まった状態で右から左へ、すーっと視線を動かす。ここで見つからなかった場合は、歩いて探さなきゃなぁと考えたときだった。

「あっ……」

 声にならない声をあげてしまった理由――視界の一番左端にいたアイツと目が合った。ドアノブを握りしめた私に視線をロックオンしてきたことよりも、別の部署にいる仲のいい同性の同期と3人でお昼を食べていたことに困惑する。

(ううっ、このままここにいることは絶対に不自然になる。何がなんでも、アイツのところに行かなきゃ)

 放たれる視線を感じつつ、足を前に出してゆっくり歩いた。ぐさぐさ突き刺さるようなそれを意識してしまい、顔がどうしても変になってしまうのはいた仕方ない。

「何しに、ここに来たんだよ?」

 俯き加減でアイツの前に登場した私に投げかけられたセリフは、疑問に満ちていて当然だと思う。

 恐るおそる顔をやっと上げたらベンチに座っている3人が、揃って私をじーっと見ていた。逃げられない現状を目の当たりにして、ビビりまくりながらもなけなしの勇気を振り絞る。

「あのね、これっ!」

 手に持っていた紙袋を、勢いよくアイツに差し出した。しかも若干怒ったみたいな言い方になったのは、心の内を晒さないための強がりだった。

「なんだ、これ?」

 可愛くない態度で渡した紙袋を眉根を寄せて受け取り、中を覗き込む。

「抹茶のシフォンケーキを作ったんだけど、たくさん作ったからお裾分けしてあげる。食後のデザートにどうぞ!」

「これ、お前が作ったのかよ?」

「うん……」

「へぇ、すげぇな。コイツらにやってもいい?」

「……いいよ」

 アイツのために作ったのに、この場では嫌だとは言えない。黙ったまま、ことの成り行きを見守った。

「食後のデザートだってさ。ラッキーだったな」

「ぉ、おう。サンキュー」

「ありがと」

 口々に感謝を述べられたけど、アイツからは『すげぇな』のひとことのみ。これを素直に喜んでいいのかな。

「ああっ、しまった! 先輩に頼まれてた書類、午後イチで提出しなきゃいけなかった」

「何やってんだ。手伝ってやるから早く戻ろう。これ、あとからいただくから!」

 アイツの隣にいたふたりが、大騒ぎをしながら去って行く。突然のことに、茫然とその背中を見送った。

「あのさ――」

「なっ、なに?」

 屋上の出入口に視線を飛ばしていたため、いきなりアイツに話しかけられたことに驚き、体をびくっと震わせた。

「俺、甘すぎるお菓子、苦手なんだけど」

「知ってる。だけどそのシフォンケーキは甘さが控えめだから、きっと大丈夫だと思うよ」

「どうして、そのこと知ってるんだ?」

 答えにくい質問を投げかけられ、ひゅっと息を飲んだ。途端に頬が熱くなっていくのを感じて、逃げ出したい気持ちに駆られる。

「答えられないのかよ」

「たっ、たまたま偶然アンタの好みを聞いたからって、これを作ったんじゃないんだからね」

「そうなんだ、ふぅん」

 身構える私の目の前で、アイツは紙袋からビニールのラッピングに入ったシフォンケーキを取り出した。がさがさ音を立てて中身を引っ張り出すなり、親指と人差し指を使ってスポンジをぎゅっと押し潰す。

「ちょっ、何やってんの!?」

「何って柔らかそうだったから、つい」

「ついって、そんな……」

「すげぇな、これ。押しても戻ってくる」

(食べる前にこんなふうに遊ばれるなんて、想定外だよ――)

 頑張って作ったシフォンケーキを雑に扱われ、絶望に打ちひしがれている私の前で、アイツがそれをやっと口にした。

「んっ、甘っ!」

 告げられた判定は『美味い』でも『不味い』でもなく『甘い』――それは、失敗を意味するものだった。

 唇を噛みしめながら両手をぎゅっと握りしめて、悲しさをやり過ごす。やっぱり渡さなきゃ良かったと後悔しまくった。

「……甘いけど平気だ」

「えっ?」

 もう一口、はぐっと噛みつくように食べて、嬉しそうに頬を緩ませるアイツをまじまじと見つめた。失敗したと思って心底凹んだあとだったからこそ、喜びがじわじわと湧き上がる。

「すげぇしか言えなくて悪いんだけど、これなら甘くても食える。抹茶の風味と渋みが口の中に広がるから、うまいこと甘さを抑えているのかもな」

 告げられるシフォンケーキの感想に、頷くのが精いっぱいだった。

「これなら店に出しても、文句の言う客はいないと思う。親に食べさせてやろうかな」

「親?」

「うん。俺の実家、ケーキ屋やってるんだ」

 ガーン! アイツの実家がケーキ屋だなんて、衝撃的すぎる事実なんですけど!

「毎日売れ残った商品がおやつだったし、ケーキの焼ける匂いが家の中に充満していたせいで、甘いものが好きじゃないんだけどさ」

 そう言いつつも、大きめにカッティングされたシフォンケーキの一切れ分を、ぺろっと平らげてくれた。

「お前が作ったこれなら、食べることができる」

 手に持っていた空のラッピングを紙袋に入れるなり立ち上がり、いきなり頬をぎゅっとつねる。

「いっ、痛いってば」

「さっき食べたシフォンケーキと、おんなじ柔らかさだよな」

「だからってわざわざ、こんなことして確かめるなんて酷い!」

「ショートケーキの上にのってるイチゴみたいに真っ赤になってて、美味そうにみえたから。つい……」

(イチゴみたいに真っ赤って、そんなに赤くなってるの!?)

「そっそれは今日は何だか、いつもより暑いから。そのせいだって」

「じゃあどうして、いつもより髪の毛が綺麗にまとまっていて、顔も不細工じゃないんだよ?」

「それは――」

 顔全部が、更にぶわっと熱くなる。

 アイツらしいぶっきらぼうな言葉遣いで、綺麗にしたことを指摘されるとは思いもしなかった。

「こんなことされたり赤くなってる顔を見たら、期待してもいいって思うだろ」

 告げられた言葉に返事をしようとしたら、自分よりも背の高いところにあるアイツの顔が、音もなく近づいてきた。つままれている頬の指先に力が入った瞬間、唇が重ねられる。

 信じられない出来事の連続で、思考停止状態になる。目を開けたまま、キスを受け続けた。

「ずっと好きだった。一目惚れって感じで」

「一目惚れ……」

  アイツの顔に焦点があったときに告げられた言葉を、オウム返しするのが精一杯だった。頬をつまんでいた手が唇に移動して、なぞるように優しく触れた。

「お前、他の奴らと喋るときは楽しそうにしてるくせに、俺とは全然だったろ」

「それはっ! ……それはアンタが、私を馬鹿にするようなことばかりっ!」

 文句を言う私の唇を、きゅっとつまむ。たったそれだけのことなのに、心臓が跳ねるみたいに弾んだ。

「しょうがないだろ。好きすぎて、素直になれなかったんだから。お前の気を惹こうと必死になってた、俺の気持ちなんて知らないだろ」

 何か言いたくても唇をつままれた状態なので、自分の想いを伝えたくても伝えられない。

「だけどさっき、屋上の戸口のところで真っ赤な顔して俺を探しているお前を見て、素直になろうと決心したんだ。そしたら事情なんて何も知らないアイツらが、気を利かせていなくなったのはビックリした」

 ちょっとだけ頬を染めたアイツが、やっと唇を解放した。

「私はラッキーって思っちゃった。ふたりきりになれるから」

「ハハッ! お前、顔に出てたもんな。あんた達は邪魔よって」

「嘘っ!?」

「本当だって。アイツらがいなくなった途端に、ほっとした顔になったもんな」

 そのときの心情を言い当てられ、複雑な感情に苛まれる。だけどここで、怯んでばかりはいられない。

「ほっとするに決まってるでしょ。だって――」

 美味しそうにシフォンケーキを食べただけじゃなく、堂々と告白してくれたアイツの想いに報いたい。

「大好きな人の笑顔をこうやって独り占めできる時間を、ふたりで過ごしたかったし」

「ぉ、おう」

 照れて頭を掻きながら視線を彷徨わせる見慣れない姿に、思いきって告げてみる。

「これからもこういう時間を一緒に共有したいので、私と付き合ってくださいっ!」

 アイツの顔をしっかり見上げて大きな声で言った告白に、目の前にある顔がみるみるうちに歪んでいく。

「何でお前がそれを言うんだよ。俺から言おうと思って、いろいろ考えてたのに!」

「そんなの、アンタがさっさと言わないのが悪いでしょ」

「こういうのは、タイミングが大事なんだって。いいムードを壊していきなり言う感じは、ガサツなお前らしいよな」

「いいムードなんて、全然なってなかったよ。もう!」

 言いながらアイツに体当たりしてやった。体の小さい私がそんなことをしても、大柄なアイツはびくともしない。そのことに余計苛立ち、ぷいっと背を向けたら突然右手を掴まれた。

「ガサツなお前の相手をできるのは俺くらいなんだから、これからこうやって手を繋いでやる」

 明後日のほうを見ながら告げられたアイツの耳は、パイに使うラズベリーみたいにすごく真っ赤になっていた。返事の代わりに、繋がれた手に力を入れて握り返す。

「ほら行くぞ。お昼休みが終わる前に部署に戻らなきゃ、先輩にどやされるだろ」

 ふたりきりの時間を少しでも堪能したくて、足が重たくなっている私を、強引に引っ張りながらも歩く速度をゆっくりにしてくれる。そんな優しさに甘えつつ、隣に並んで歩いた。

 これからふたりそろって、仲良く並んで歩く未来のように――。

 Happy End


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