「これ、ハーブっぽいな。うん、いい匂いがする。これは……うゎぁああ。オレガノっぽい。これ、使えるよ。他にもいい奴、ないかなあ……」

 黒の頬かむりをつけて、ごそごそと動き回る姿は明らかに怪しいだろうとアンナも思う。

 でも誰もいない廃墟だと聞いていたのだ。いや、不法侵入は不法侵入だとわかってはいたのだけれど。それでもあのオムレツを完成させるためには一味足りない。私の中の『絶対味覚』がそう言っているのだ!

 一つの妥協も許されない。……絶対に探し出してやる! アンナが決意を新たにした瞬間。

「──お前はなんだ。どこから入ってきた?」
「きゃぁっ」
 月明かりしかない闇の中で響いた声に、アンナは飛び上がって悲鳴を上げる。それでも咄嗟に両手で覆い、漏れる悲鳴を出来る限り抑えるようにした。

「あっ……」
 次の瞬間、顔を確認するように、怪しげな青白い光を向けられて、その向こうから鋭い視線を送ってくる紅い瞳。金色の絹糸みたいな髪。掻き上げる様にした長い髪がさらさらと指先から零れて、月の雫みたいだとアンナは思う。

「……だから、お前は誰なのだと聞いているのだが?」
 凛と通る声は、人に命令しなれているように思えた。しかもその男があんまりにも綺麗だから焦ってしまったのかもしれない。

「さ、早乙女杏南です」
 咄嗟に名乗ってしまったのは、気を抜くとうっかり出てしまう、前世の自分の名前。

「サオトメ……?」
 その名を名乗ると、聞き慣れない響きに彼は気難しそうに首を傾げた。今の隙に逃げられないだろうか。そろりと彼から一歩距離を取ろうとした途端、不審な行動を疑われたのか、あっさりと彼の腕に捕らえられていた。

「きゃっ」
 細そうに見えた男の体は、服の下は多分、しっかりとした筋肉に覆われていて、アンナは慌てて逃げだそうとするけれど、一度しっかり捉えられてしまうともう逃げ出せそうにない。

 それでもその場から逃亡を図ろうと必死にジタバタと暴れると、すっと喉元に突き付けられたのは、冷たくて鋭い……多分ナイフ?

「不法侵入者はそっちだ。おとなしくしておけ」
「ひっ……」

 とりあえず事情を説明して、必死に謝ったら許してもらえるのではと、物事を甘く考えていたアンナは刃物の冷たさに言葉を失ったまま、もう身じろぎすらできなくなってしまった。

「少なくとも状況を把握する程度の頭はあるようだな。まあ大人しくしているなら話位は聞いてやろう」
 慌ててコクコクと頷いたアンナを物のように抱え上げたまま、男は屋敷の中に彼女を連れて行った。

この作品のキーワード
異世界  カフェ  F大賞2  獣人  純愛  魔導士  番(つがい)  紅茶