(そう……。だから思いつきで動くのはやめろ、とパトリックに何度も言われてたのに……)

 隣家の花園に侵入した翌朝、 カフェのカウンターの中でアンナはこっそりとため息をついた。
 開店時間までは後少しあり、エイブラムは市場にパンや材料を買いに出かけている。

 開店準備のために机を拭いているのだが、ふと綺麗に磨かれた机に自らの顔が映って、自らの唇に視線が向いた途端、何とも言えないゾワリとした感じを覚えて、確認するように唇を噛みしめてしまった。

(手で伝わりきらないからって……なんでキスなんて……)
 アンナは明確に昨日の夜のことを思い出していた……。

 ベッドに抑え込まれ、無理やり彼はアンナに深いキスをしてきた。冷たくて薄くて柔らかい唇の感触まで鮮明に覚えている。
 このままでは……大変なことになるのではないかと貞操の危機を感じて身を硬くした直後、だが彼はあっさりとアンナを解放した。

「……貴女の能力が、皮膚接触することで情報が伝わるというのなら、もっと密接な接触、例えば粘膜が触れるような状態になれば、もっと情報が伝わりやすくなるのではと思ったのだが……」

 そう言いながら、彼はぞっとするほど美しい顔にうっすらと笑みを浮かべ、自らの濡れた唇を親指で拭う。

「どうやら予想通りだったようだな……」

 理論が実証されたことを喜ぶように、嬉しそうに笑った唇の合間から鋭い犬歯がちらりと見え、肉食獣のような鋭い光がその赤い瞳に宿る。
 納得できないし、許しがたいのに、それなのにアンナはそれに魅了されたように視線が離せなくなっていた。

「で? ……何かメモを取るものがいるか?」

 彼はつい先ほどまでキスをしていた彼女に興味を失ったかのようにベッドから離れ、書棚の引き出しから紙とペンとインクを取り出してアンナに渡す。

「はっ……はい」

 記憶が消えないうちに、出来るだけ書き留めておかないといけない。
 咄嗟に彼女が脳裏に残った味覚から、必要な材料を書き出し、簡単な作り方をメモにしていく。
 それでも彼の求めている物にはまだまだ足りないものがたくさんあることに気づいた。

「……あの、私の食べたことのない食材が幾つもあって……それに記憶がところどころ曖昧で、まだ全部拾いきれてないんです」

 彼女の言葉に彼はすぅっと紅い瞳を細めた。

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