「なんか……変な人だったな」
 ふぅっとため息をつきながら、カフェのカウンターテーブルに手をつき立ち上がる。

 とはいえ、あれだけ大きな屋敷に住み、人に命令しなれている話し方。
 仕草は洗練されていて、品が良い。間違いなく貴族でも高い身分の人だと思う。赤い瞳がどこか野性的で、そのくせ綺麗で優美で……なんだか捉えどころのない不思議な印象の人だ。

 勝手に敷地内に侵入したのに、面白がって花園や温室に入る許可をもらえたことは本当に運がよかったのだ。
 ベッドまで連れ込まれてもっとひどい目にあわされても、文句は言えなかったのだ、とアンナは改めて自分のした行動に対して頭を抱えたい気持ちだ。

(ま、まあ。キスはされたけれどっ)
 きっとあれも彼にとっては、手のひらよりさらに深い接触を持つことで、情報を自分に多く渡したかったのだと思う。

 彼にとっては、あのスープがそれだけの価値があるということなのだろう。
 だったら少しでも早くより近い物を作らなければ、再び気まぐれで、今回の甘い対応が変わってしまうかもしれない。

 と自分を納得させてはいるが、正直昨日のキスは衝撃的だった。
 男性との経験なんて今世のアンナはないに等しいし、前世にしても相当お粗末なものなのだ。
 男性に不慣れ、と言う意味では現世も今世も似たような経験値しかない。

(でも今日の夜にもあの家に尋ねて、スープの試作品を持って行かないといけないんだよね。だったらぼうっとしている暇はない、よね)

 自分の身と、何より大事なカフェを守るため、そう思いながら、昨日のレシピを元にスープの下準備を始めてみる。

「あの風味は……」
 常備されている野菜を何種類かカットし、いくつかあるオイルの中から、ゼレアというこの国ではあまり使われていない果実の実を使ったオイルを手に取った。ピルムーのバラ肉と香味野菜と一緒に炒めて行く。

 ふわりと立ち上る香りに思わず顔がにやけた。寝不足の体がしゃっきりするとってもいい匂いだ。
 一通り炒めたところに、ワインのような風味を持つ果実酒を注いでいく。

「ほう。いい匂いですね。新メニューですか?」

 そう言いながら店に戻ってくるのは籠いっぱいに食材を買い込んできたエイブラムだ。

 買ってきた品物を処理しながら、スープの鍋を見張り、開店の準備をする。
 いつも通りの風景だ。だがアンナはこの後、予想外の展開になるとは一つも思いもしてなかったのだった。

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