「あ、あの~、こんばんわ」

 自分が会いに行く相手は幽霊かもしれないと怯えつつ、花園に入ろうとすると既に扉が開いていることに気づいた。

「あっ!」
 次の瞬間、どこかで嗅いだことのある匂いがした気がして、咄嗟に足元に生えている草に手を伸ばした。
 鼻先でふわりと漂うのは癖のある香り。この植物の名前は知らないけれど、この間の学生のオムレツに必要だと思ったパクチーの香りに似た植物だ。なんて言ったっけ、と思い出していると、

「ギムッシュか? それは私のスープには入ってないと思うが」

 頭の上から掛けられた声に、思わず悲鳴を上げそうになる。
 覗き込んでいるのは真っ赤な瞳。長い月の雫のような髪を後ろで緩く止めている男。

「び、びっくりさせないでください」
 咄嗟に声を上げると、レオナールは肩を竦めて彼女の批判を流した。

「私に会いに来たのだろう? なのに声を掛けて文句を言われるとは思っていなかった」
 言い方は大変可愛くない。
 とはいえ、確かに探していたハーブの存在に、思わず意識がそっちに行きすぎていたことは間違いない。

「いや、あの……すみません、この植物、探していた物だったので嬉しくて。あの……この植物、少しもらっていってもいいですか? 別の依頼の料理で必要な食材なんです」

「……確かに王都にはギムッシュは自生してないな。癖も強いし一般には受けないのだろう。かまわん、適当に持っていけ」

 気前よく分けてくれると言われて、アンナは嬉しくなって思わずその場で採取用の袋を取り出すと、一束切り取り、袋の中に入れてにんまりと笑みを浮かべた。

「で、私のスープの方はどうだ?」
「あの後、もう一工夫しました。美味しくはできているのですが、この間のスープと比べると、色々素材が足りないと思います。試食してみますか?」

 その言葉に彼が頷くのに、小さな保温用の鍋からスープを取り分ける。ふと昼のことを思い出して、ゾクリと背筋が震えた。

「あ、あの……」
 もしこの人が実は幽霊だったらどうしよう、などと言うくだらない考えが頭の中を巡る。

 東屋のテーブルセットの椅子に腰かけた彼に、どうぞ、と声を掛けてスープを渡しながら、月の光の中で現実感を帯びない美貌をじっと見つめてしまっていた。

「……なんだ?」
 彼はゆっくりと匙をスープ皿に浸し、そこから一口掬い上げ、まずは香りを確認する。

「今日、お昼に来た貴方の事を、うちの店の者も、ほかの人間も……見ていない、と言うのですが……」
 まさか貴方、幽霊じゃないですよね、とは聞けずに、彼の様子を窺う。

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