アスカラール
オランジェットの誘惑
七夕祭りから数日が経った。

トントンと、キッチンでは手なれたようにオレンジを切る音が聞こえた。

「何してるんだ?」

そこへ現れたのは元治だった。

「あっ、お兄ちゃん」

オレンジを切っていた美都は手を止めると、兄の方に視線を向けた。

「これからオランジェットを作るの」

そう答えた美都に、
「まだバレンタインデーじゃないだろ」

元治は訳がわからないと言った様子で返事をした。

「そうだけど…その、お礼をしたい人がいて…」

ゴニョゴニョと呟くように答えた美都に、
「お礼をしたい人って?」

元治は聞き返した。

「な…あ、有栖川さん。

親切にしてもらったから、そのお礼でオランジェットをプレゼントしたいなって」

危うく成孔のことを名前で呼んでしまいそうになったが、どうにか訂正することができた。
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