FF~フォルテシモ~
変わった人との出逢い
 いつも私はひとりきり。ホントの私を好きになってくれる人は、この世の中にいるのかな?

 パパとママは駆け落ちをして、私を生んだ。パパが執事をしていたお屋敷で、お嬢様だったママと恋に落ちたから。

 質素な三人暮らしだったけど幸せだった。とても仲がいいふたりが、私の自慢。将来こんな夫婦になりたいって、いつも思ってた。なのに小学六年生の秋、私を置いてふたりは自動車事故で突然亡くなってしまった。

 身内はママのお父さん、つまりはおじいちゃんが私を引き取ることになった。

 娘を奪った男との子供という目で見られるのではと、はじめはビクビクしていたけど、そんなことはまったくなく、ものすごく可愛がってくれた。

 それまでの生活が、がらりと一変した。通ってた小学校の友達とお別れして、有名私立の小学校に通うことになった。周りが優秀過ぎて、自分がダメ人間だと勝手に落ち込んだ。だけど子供の順応力で、楽しい学生生活を送った。友達の打算的な考え方を学びながら、上手く順応していった結果、見事に歪んだ人間になっちゃった。

 昔の私が今の私を見たら、きっと蔑むんだろうな。今の私は、ありえなくらい最低だと思う。



***

「だからぁ、付き合う気はまったくないから」

 合コンで軽くイチャイチャしたくらいで、勘違いしないで欲しい。

 同期の山田くんが取引先との交流をはかるべく、合コンをセッティングした。独身限定で、ほとんどお見合いパーティー状態だった。女のコの人数が足りないからと頼まれて仕方なく参加したものの、イケメンGETしようとしたのに、なぜか狙ったイケメンと仲良さそうに喋る主催者の山田。

 諦めて自社のイケてない男としょうがなく交流したけど、その後こうやって、しつこく付きまとわれることになった。

「朝比奈さんだって、あんなに盛り上がって話をしたじゃないか」

(――アンタひとりで、勝手に盛り上がってたんだよ)

 こっそり心で毒づきながら、この場をどう治めるかを考える。明らかに感じられるイヤらしい視線に、内心うんざりしながら溜め息をついた。

「悪いけどアナタとは付き合えないって、さっきも言ったじゃない!」

 コイツは体目当ての人間、容姿だけを見る男。ホントの私なんて、見てくれるはずがない。

「会社の往来で、何をしてるんですか?」

 どこぞの部署から、助け船の声がかけられた。これはラッキー、助けられちゃお!! と思いながら出てきた男性社員の傍に、ウソ泣きしながら駆け寄った。

「付き合えないって言ってるのに、しつこく付きまとわれて困っていたんですぅ」

 出てきた男性社員の顔をよく見る。年齢は30代後半から40代風で、正直イケメンとはいえない。何だかヌボゥとしていて、頼りなさそうな感じだった。それでも助けてくれようとしてるんだからと、ここぞとばかりに瞳を潤ませて、その人を見上げた。

 そんな私の視線を見事にスルーし、妙齢の男性社員は男の元に行く。

(――私ってイケてないの!?)

 ショックを受けながら、その人の背中を見つめてしまった。

「彼女は完璧に君を拒絶しているようですが? しかもここは会社の往来なんです。声が響いて煩かったですよ。少しは考えたらどうでしょう」

 物腰は柔らかだけど、バシッと言ってるトコに激しく共感した。

「営業企画部の部長さんが、何でわざわざ痴話喧嘩に乱入するんですか? 会長へのご機嫌とりですかぁ?」

 ヘラヘラしながら言う男の態度に、激しくイライラした。

「これがどうして、会長のご機嫌とりになるんです?」

「だって朝比奈さんは、会長の孫娘なんですよ。得点をあげるには、持ってこいの状況ですよねぇ」

「彼女が会長の孫娘だろうが一般人だろうが、関係なく注意します。会社の往来は公共の場、非常に耳障りで低俗な内容の話し合いは、部署で仕事をしていた私に支障をきたしました」

 そう言ってから、妙齢の男性社員は私に視線を送る。

「君も人を見て、相手を選んだ方がいい。誰カレ構わずに良い顔をしていたら、そのうち後ろから刺されますよ」

 冷たい言葉で、ザックリと注意をされてしまった。

(後ろから刺されるって、何で刺されなきゃならないのよ? 私、悪いコトしてるつもりはないのに)

 ちょっと憤慨しながら睨むようにその男性を見たら、視線を絡ませるように私の顔を見る。少しだけ困ったような、それでいて、やれやれといった優しい眼差しに思わずドキッとした。

「彼女も反省してるようだし、諦めて帰りなさい。営業二課の外川猛彦くん」

「なっ、何で俺の名前……」

「社内の男性の名前は、ほぼ把握していますよ。特に優秀な社員はね」

 フルネームで呼ばれた男はそれだけで満足したのか、私の顔をチラッと見てからその場を後にした。

「あの、ありがとうございます……」

 とりあえず助けてもらったんだから、お礼を言って一礼する。

「これからは気を付けなさい」

 そう言って自分の部署に戻ろうとした男性社員に、ばっと腕を伸ばした。名前を聞くまではこの手を離さない勢いで、腕に縋りつく。

「あの……っ」

 腕をぎゅっと掴んだらすごく驚いたらしく、振り払うように激しく腕を振る。その反動なのかわからないんだけど、その人の足が扉に運悪く引っかかり、見事に転びそうになるのがわかった。

 慌てて反対の手を伸ばしたけど男性ひとりを支えきれるワケがなく、一緒に倒れこんでしまった。

(――あれ? 倒れたけど痛くない……)

 恐るおそる見ると、その人の体の上にしっかり乗っかってる自分。目の前にいるその人は両手をバンザイして、これでもかと顔を赤くしていた。さっきとは別人みたいだった。

「ごご、ごめんっ! 倒れた弾みで、どこかに触ったりとかはないからっ! 全然大丈夫だから!」

 そんなワケのわからない、いいワケまでする。

「あの、名前教えて下さい」

「訴えるために名前を聞いてるんでしょうか? ホントに、どこも触ってないですよ!」

「触ってないのはわかってます。私が個人的に知りたいだけなんです」

 クスッと笑いながら、その人の胸元に頬を寄せた。さっきの大人な態度から一変したこの態度、すっごく可愛すぎる。

「何か策略があるんでしょう? オジサンをからかうのは、もうやめなさい」

 真っ赤になりながら、注意されても効果はない!

「からかってないです。興味が沸いたんです」

 さっきは私を拒否するような視線だったのに、今はこんなに狼狽してるアナタに興味津々。

「断り続けて下さいよ今川部長。小悪魔がほくそ笑んでますから」

 後方にある別の入口付近から声がした。私達を冷たく見下ろしている人物を知っている。

「今川部長、こんな部署の入口で、何で押し倒されているんですか。このこと会長の耳に入って、どこかに飛ばされますよ」

 呆れた声で言うとソイツは私の脇を掴み、彼からベリベリ剥がしていく。

「何すんのよ、ホモ山田!」

 合コンで狙ったイケメンとイチャイチャしていたのが悔しくて、最近このネーミングで呼んでいる。

「その呼び方、誤解を招くからやめて……」

 同期の山田と言い争いになりかけた時、その人がやっと立ち上がった。呼吸を整えつつ、私達のやり取りを見ながら、

「君達は、知り合いなのかい?」

 のほほんとした様子で訊ねてくる。もしかして、私に興味をもってくれたとか!?

 目を輝かせてその人を見つめたら、迷惑そうに眉根を寄せた挙句、ふいっと逸らされてしまった。この態度に、どうしていいかわからなくなってしまったのである。
< 1 / 20 >

この作品をシェア

pagetop