いちばん近くて遠い人
5.日常と非日常
 瞬く間に南の魔女が大口契約を取ってきたと噂する声が聞こえた。

 ただそれに好意的なものはほとんどなかった。

 大半はお得意の色仕掛けでもしたんでしょ?なんて話している。

 こんなのは慣れていた。
 こういう仕打ちの方が私には似合っている。

 昨日は、たまたま話した人が心の広い人達だっただけで、あの人達だって色々と耳にすればそのうち………。

「美人はいいわよね。
 どうせ枕営業がお得意なのよ。」

「そうよね。
 黙ってればいいんだからいいわよね。」

 まただ。
 こんなのも日常で別に驚きもしない。

 噂話する数名は声を落とすこともせず盛り上がって話している。

「あいつが枕ねぇ。」

 ヌッと顔を出した人に噂話をしていた数名が声を上げた。

「加賀さん!」

 私も驚いて、つい曲がり角で身を潜めた。

「あんだけ美人なら俺もお願いしたいくらいだ。」

 加賀さんまで………。

 こんな噂話は慣れていた。
 けれど……………。

 ううん。
 どうせ時間の問題で夢見心地なひと時からは早めに目覚めた方がいいに決まってる。

「あんな顔だけで黙ってる人、何がいいんですか。」

「加賀さんはまだ平気ですよね?」

「加賀さんにまで枕営業?」

 ヤダ〜と笑ってはしゃぐ声が体にべったりと貼りついて虫唾が走る。

 誰も彼も勝手なことを。

 数名で盛り上がる声は深く吐いたため息さえもかき消した。

 もう、気にせず横を通り過ぎよう。
 そう思って曲がり角から出かけたところで加賀さんと目が合った。

 加賀さんは私だけに分かるように口の端を上げて……笑った?

 なんの笑いよ。
 よろめいて、また曲がり角の向こう側に逆戻りしてしまった。

「俺は、美人ってだけで敬遠されて、大して男と付き合ってないと見た。」

「え〜。」

「加賀さん見る目な〜い。」







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