王子様と野獣
会社を出て、空を見上げる。
高層ビルの明かりを眺めながら、ふと、なにかに導かれるように近くのビルの窓に目をやる。

会社から近すぎて、あまり入ったことのない喫茶店だ。
そこに、こちらを凝視しているモモちゃんが見えた。


「どうして……」


大分前に帰ったはずなのに。よりによって今このタイミングで会うなんて。

――運命だ。

直感的に、そう思った。

彼女は俺が気づいたことに気づいて、さっと頭を下げメニューに隠れる。思わず笑いかけた俺は、その後ろにひとりの男が現れたのに気づいて息をのんだ。


「……瀬川」


彼女も驚いたように瀬川を見上げる。そのまま、瀬川がなぜかよろけ、彼女はあいつを支えるようにして窓際から離れていく。


“何があっても必ず幸せにするから自分のものになってほしいって、そのくらいの気概を持つ男がな”


胸が苦しい。ちっとも平気じゃない。
俺が君を傷つける可能性は少しも消えていない。だから俺が消えるのが正しい。
そう思うのに、瀬川に腕をとられた君を見ているだけで苦しい。


“お前は一生それにもがき苦しむ”


――嫌だ。

視界から、彼女と瀬川が消える。


「……モモちゃん」


体の熱が、俺の理性を無視する。

好きだ、好きだよ。君の傍にいたい。君の隣で笑っていたい。
いつか傷つけるのが怖いという想いと、同じくらいの強さでそう思う。

俺は無意識に駆け出していた。

ダメだ。やっぱり渡せない。渡したくない。
通りを横切って喫茶店の入ったビルの下まで向かう。

店を出たらしいふたりが向かい合っているのが見える。
俺はそこに向かってがむしゃらに走った。


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