愛のない、上級医との結婚
1

政略結婚という前提



高野先生、と一度だけ呼んだことがある。
怜悧な瞳は、それでも当時は今より柔らかかったと記憶している。
それは広い意味で私が彼の後輩だったからだし、彼は後輩育成という医師界における一般的な責務を果たそうとしていたのだろう。


心電図が読めません、と半ば泣きつくように駆け込んだ医師室で、高野頼仁(たかのよりひと)は呆れるように私を見遣り、けれど根気よく当時の受け持ち患者の心電図を解説してくれた。
まず考えろ、というお小言付きだったけれど。


だから私の彼への印象は、冷たそうに見えて何だかんだ面倒見の良い先輩、だったはずだ。


こんな冷たい人だなんて思わなかった。
けれど元々、家族にはそういう一面を持つ人だったのかもしれない。
人という生き物は、どうやったって一回話しただけじゃ本質は見抜けない。


「……余計なことはするな。飯を作ってる暇があるなら、マトモな紹介状の書き方でも勉強してるんだな。昨日のは酷かった」


だから夜8時に帰ってきた私が、たとえ急いで夫の好物をふんだんに盛り込んだ夕飯を作ったところで、きっと彼には響いていないのだ。


「……スミマセンデシター」


結婚生活7日目の、夜。
いまだ同衾もして居ないどころか、まともな会話もない仮面夫婦。
唇を尖らせて、不満タラタラにカタコトで形だけ謝る私をジロリと睨んで。


夫は、それでもいただきますと手を合わせて、たっぷりと溶けたチーズが乗った国産牛100%ついでに愛情0%込み込みのハンバーグに箸を入れた。


クールぶってるくせに、好物ハンバーグてお子様かよ、と心の中だけで呟いて。
夫とはそれ以降全く会話をせずに黙々と肉を口に詰め込んだ。



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