初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
寝台に横になっても、アントニウスは今日のロベルトの大人げない猜疑心と嫉妬による自分への妨害が腹立たしく、気持ちは暗いまま、不愉快さも消えなかった。
 これなら、いっそ男色に走ったと思われても、相手はアレクシスだと告げたほうがよかったのだろうかなどという、ふざけた考えまで沸き起こってくる始末だった。
「あのやきもち妬きの小心王子!」
 思わず、大人げない悪態が口をついて出てしまった。
 気晴らしにと寄ったサロンでは、話題はアレクシスの落馬の真相。ロベルトがアレクサンドラ嬢に懸想しているかもしれないアレクシスを排除するために、落馬を仕込んだという話から、実は乗馬が下手だったなどという、ふざけた理由までまことしやかに話されていたが、サロンにアントニウスがいることに気付くと、話題は舞踏会に姿を見せたアレクサンドラ嬢の話題で持ちきりになった。それでも、ジャスティーヌ派は、ジャスティーヌ至上主義を抱え、殿下に選ばれるのはジャスティーヌ嬢に違いないと語気を荒げながら、そうなれば自分たちは全員失恋することになるのだと、気付いてはやけ酒に走っていた。
 しかし、そんな中でアントニウスの注意を引いたのは、近々、アレクサンドラ、ジャスティーヌの二人を一つの舞踏会に招待し、本当に双子なのかを見てみたいという興味本位ではあるものの、招待を受けたら断れないこと間違いないというような、有力貴族がくだらない計画を立てていて、その舞踏会にはロベルトも招待される予定らしいという噂話だった。
 アレクサンドラには、アレクシスとしての男役を続け、自分以外の前でアレクサンドラに戻ってはいけないと約束させては来たものの、有力貴族が興味本位と言えども、そのような舞踏会を設けようと計画しているのであれば、アントニウスとしても考えを変える必要が出てくる。
 どんなにアントニウスとの約束があっても、やはり父である伯爵に命じられれば、娘であるアレクサンドラに拒否権はない。
 明日早々に、アレクサンドラ、いや、アレクシスに手紙を書き、この際、アレクシスを止めてアレクサンドラに戻らせ、しかし、自分以外のパートナーと舞踏会に出ることを禁じるに約束を変更しなくてはと、アントニウスは考えながらゴブラン織りの天蓋を見上げた。
 サイドテーブルの上に置かれたランプの明かりが揺れ、天蓋の模様を三次元のように見せていた。白い雲の上から、純白の羽を広げた天使が舞い降りる姿は、受胎告知をしに行くのではなく、今にもアントニウスの上に降り、アレクサンドラへの愛を問いただそうとしているようだった。
「我が永遠の愛をアレクサンドラ嬢に捧げます」
 アントニウスが口にすると、天使が微笑んだように見えた。
 アントニウスは目を閉じると、アレクサンドラにしたためる手紙の文面を考えながら眠りに落ちていった。
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