かおるこ連絡ノート
別に、親孝行な息子だったわけじゃない。


物心ついた時には、すでに父親はいなかった。

母は、もともと家族や親せきの反対を押し切って結婚したらしく、別れた後も、誰にも頼らず邦宏を育てた。

もちろん、何の資格も持たない女がひとりで、まともに稼げるはずがない。

子供を世話しながら、働ける仕事も限られている。




「これで、おやつ食べてきな」


夕暮れ空に、一番星が光る頃。

週に一回か二回、母親は幼い邦宏の手に、百円玉をひとつ握らせて、部屋から追い出した。

寒さに震えながら、邦宏は公園のブランコで、麩菓子と赤いスモモ漬けを少しづつ食べながら、月が頭のてっぺんに登るまで待っていた。

一度、あまりに寒くて、ひもじくて、そっと家に帰ってしまったことがある。

母親の上に、知らない男が乗っかって、声を上げて身体を揺すっていた。

母がいじめられているのかと思って、必死に男を押しのけようとしたら、容赦なく何度も殴られた。

母は、顔を背けて、邦宏から離れ、戻ってこなかった。
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