異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
六話 政務官の思惑
 エグドラの町に来て半月。今日まで私に触れてしまったシェイドもこの町に滞在することを余儀なくされ、ともに感染を食い止めるために奮闘した。

 ペストの潜伏期間は二、三日だ。幸いにも発症していないので、私もシェイドも感染せずに済んだらしい。

 そして喜ばしいことに新たな感染者が出たという報告が五日前からない。つまり感染症は食い止められているということだ。

 施療院に残る患者も今では十名にまで減少したため、私たち王宮治療師は城に帰ることになった。

 なにもかもうまくいったように聞こえるけれど、もちろん救えなかった命もある。ニックのことだ。彼はあのあと、一度も目を覚ますことなく亡くなった。その心臓が鼓動を止めるまで、お父さんとお母さんの口から紡がれる思い出話を聞きながら永眠したのだ。

 彼の誰かに触れたいという願い。それはきっと私ではなく家族に叶えてほしかったことだろう。代役の私が彼の孤独を本当に埋めてあげられたのかはわからない。今でももう助からないと遠回しではあるが言葉にしたことが正しかったのか、他にしてあげられたことがあったのではないかと考える。

 怒涛の勢いで過ぎていったこの半月のことを振り返りながら、私は十名乗りの幌馬車の後ろ戸に肘をついて遠ざかるエグドラの町をぼんやりと眺める。

 お昼に出立したので、城につくのは夕方だろう。もう何年もあの城を離れていたような気がする。それほどエグドラの町で過ごした日々は色濃かったのだ。

「若菜、どうしたんだ?」

 隣に座るシェイドに声をかけられて、我に返る。

 頭を切り替えなければと、私は慌てて彼に向き直り「なにもないです」と笑みを繕った。

 しかし、私の強がりなんて彼にはお見通しだったらしい。シェイドは笑みを浮かべながらも小さく息をつき、私の頭に手を乗せてくる。

「そんな暗い顔してるのにか?」

 いつもは紳士的で言葉遣いも綺麗な彼だが、ふたりのときは砕けた口調になる。時折見せる男らしい姿に胸がざわついた。

 彼に強引に問われると、私はなぜか本音を隠し切れなくなるのだ。

「い、いろいろあったなと思って……」

 白状したら、シェイドは満足そうに「そうか」と言って頭を撫でてくる。年下に子供扱いされるのは無性に恥ずかしい。

 じわじわと顔に熱が集まるのを感じて頬を両手でおさえると、自分の手が冷たく感じた。

 動揺している私を見て目を細めるシェイド。私の髪をくしゃりと握っては離すを繰り返し、感触を楽しんでいるようだった。

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