「若菜、こっちだ」 

 柔らかな声と微笑みに導かれ、私は彼の手を握った。背中からローズさんの手が離れ、私はシェイドにエスコートされてバルコニーの手すりの前に立つ。その瞬間に連合軍からどっと歓呼の声がわき、口笛と拍手が入り乱れる。

「わっ……ふふっ、皆いい笑顔ね」

 驚きは瞬く間に喜びに代わって胸の中に熱を灯す。

 ここまでくるのに多くの命が散っていった。勝利を見届けられずにこの世を去った彼らの遺志を継いで、私たちはようやく輝く未来へのスタートラインに立ったのだ。

 何度も涙を拭ってこの景色を忘れないようにと目に焼きつけていたら、シェイドが私の腰を引き寄せる。

「若菜からもなにか声をかけてやってくれ。きっと俺よりも喜ぶ」

「もう、皆はあなたを王にするために頑張ったのよ。そんなことないわ」

 軽口を交わしてクスクスと笑い合った私は改めて連合軍の皆に向き直り、思いっきり声を張る。

「皆さんとここまで一緒に来れてよかった。これからは皆さんの力でエヴィテオールとミグナフタ国に生きるすべての人々を幸せにしてあげてください!」

 大きく手を振れば、涙を流しながら皆から歓声が返ってくる。それを見守っていると、ふいに視界がグラつきよろめいてしまう。異変に気づいたシェイドが私の身体を支えながら後ろに下がり、その場に横たえてくれる。

「しっかりしろ、若菜! これは……血?」

 取り乱した様子の彼の声でそういえばと思い出す。大広間に向かう途中で脇腹の傷が開いていたのを自覚していたのだが、急いでいたので処置もできていなかった。それまで気が抜けない状態が続いていたからか、痛みさえ忘れていた。

「シェイド王子、とりあえず手当しよう」

 アスナさんが私の治療道具が入った鞄を手に傍らに腰を下ろす。青ざめた顔で「ああ」と首を縦に振るシェイドを安心させるように私は笑う。

「このくらいなら……大丈夫よ。少し無理をしすぎただけだから」

 重い腕を動かしてアスナさんの持っている鞄から布を取り出すと、傷口に布を当てておさえる。すると止血する私の手の上にシェイドの手が重なった。

「あまり脅かさないでくれ、俺の心臓が止まるだろう」

「それは困るわ。あなたはできるだけ長く生きて皆の希望で在り続けなきゃいけないもの」

「ああ、だから勝手に消えないでくれ」

 それは、どっちの意味を持っているのだろう。

 死ぬなということなのか、元いた世界に帰るなということなのか。後者であってほしいなどと願望を抱きながら、私は目を閉じる。

「若菜、ありがとう。今はゆっくり休んでくれ」

 子守唄のように耳心地のいい声を聞きながら、私は意識の海に沈んでいった。