「ううん、私がぼんやりしていたのが悪いから」

 私は王宮内の治療室でマルクと処置に使う布を畳んでいた。最近はシェイドが貧困層への支援を行っているおかげで町の医者にかかれる民が多くなり、施療院からの応援要請もない。王宮内にも長期的に治療を必要としている者はひとりしかいないので、こうして時間を持て余すこともしばしば。時々騎士見習いであるエクスワイヤの方々が訓練で怪我をしたと言って治療室を訪れるくらいで、命かながら王宮騎士団から逃げていたあの頃が嘘みたいに平穏な日々を過ごしている。

「シェイド王子の即位式、いつになるんでしょうね。僕、すごく楽しみです」

「そうね、私もだけれど皆その日を待ちわびてる。きっと、民にも愛される国王になると思うわ」

 彼の頭上に王冠が輝く姿を想像して笑みをこぼす。私にとっても念願の瞬間なので今か今かと待ち遠しいのだが、ひとつ気がかりがあった。

「アシュリー姫との婚約も進んでるって聞きますし、きっともうすぐですよ」

 マルクの何気ない言葉が胸に突き刺さる。

 そう、この国では妻を娶らなければ王になれないという仕来たりがあり、継承式は結婚式と同じ認識らしい。それをマルクに聞いてから最近では仕事中も上の空になってしまう。彼が他の女性と結ばれる姿を思い浮かべるだけで、心が壊れそうなほど痛くなるのだ。  

 気分が沈みかけていると、治療室の入り口から怠そうな声が飛んでくる。マルクと同時に振り向いた私は思いがけない来訪者に「へ?」と間抜けな声を出した。

「よう、久しぶりだな」

 口端を吊り上げて腕を組みながら戸口に寄りかかっているのは、信じられないことにシルヴィ治療師長だった。

「僕、幻覚を見てるんでしょうか」

「マルク、私も夢を見てるのかも」

 布を手にふたりで固まっていると、シルヴィ治療師長の幻はあからさまに面倒そうな顔になる。

「夢でも幻でもねーよ。俺は実体だ」

 治療室に入ってきたシルヴィ治療師長は本当に本物だったようだ。私はマルクと顔を見合わせて笑みを交わすと、彼に駆け寄って勢いよく抱きついた。