手をつなごう
いらっしゃいませ。
「わぁ!美味しそう!!」

リクルートスーツに身を包んだ女の子。

店に入るなり、嬉しい感嘆をあげる。




ここは町外れにある……昔ながらのパン屋さん。

二本先の大通りに出ると

フランス語だか、ドイツ語だかの………お洒落なベーカリーショップ……

とやらもあるけど………

うちは、オヤジの代から続く………小さなパン屋だ。

3年前に、オヤジが死んで

今は、お袋と二人でやっている。

あんパンにクリームパン……コッペパンに動物の形をした……チョコレートパン。

数も種類も少ないが…

一つ一つ丁寧に作っている。

若いお客さんはほとんど来ないが、幼稚園帰りの子供が上得意様だ。

最近の子供は……

親の健康志向のせいか、以外にも………

チョコレートパンよりあんパンを好むみたいだ。

「ただいま!」と、元気な声が聞こえる4時過ぎ……

珍しく、女の子が訪れた。

「あぁ~残念!
蒼汰くんオススメのカレーパンが売り切れだぁ~」

『そうた』って………

毎日チョココロネを買う、あの蒼汰??

「カレーパンは辛い!!」って、いつも文句言ってるのになぁ。

「あら~。せっかく若い娘が来てくれたのに~
明日は多目に作っておくから、また来てね。
そうた君って……タンポポ幼稚園の蒼汰くん?頭がツンツンしてる!」

「はい。先週から実習に来てるんですけど……
駅に帰るなら、ここで『カレーパン』を買って帰ったらいいよって
教えてくれたんです。」

「幼稚園の先生になるの~。
だったら、これからもひいきにしてね。
今日は初めましてってことで……
ちょっと形が崩れて売り物にならないパンがあるから、持っていって!」

オシャベリおばさんは

「洋介~そこのパンを袋に入れてきて~」と大声でさけんで

強引に持たせた。

「えっ………でも………」

遠慮する彼女に

「お袋も、こう言ってるから………もらってやって。
今度は、美味しいのを焼いとくから……また寄ってね。」

「はい。ありがとうございます。
春からはご近所さんになるので、毎日お世話になります。
慣れないお仕事に、当分はご飯を作るゆとりがなさそうなので。」

「あらあら………そう!
それなら尚更、持っていって。
こんな顔してるけど…パンは美味しいのよ!この子。」

まだまだ続きそうな会話を終わらせるため

「コロッケパン出来たよ。」と、仕事を与えた。

「うるさいオバチャンがいるけど…懲りずにまた来てね。」

笑顔の可愛いお客さんに、この後の仕事も頑張れそうだ。
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