COLORFUL―カラフル―
COLORFUL
 『言葉』は、時に様々な色を見せる。
温かな橙、悲しみの青、冷たい……黒。伝え方、捉え方によって、言葉は武器にも救いにもなる。いつからか思うようになったこと、けれど思い返せば正しいことかもしれない。
 幼い頃、片親であった母を亡くし、姉と共に祖母の家に預けられた。だが、俯きはしなかったのを覚えている。
 子供の強がりみたいなもの、優しい祖母と大好きな姉に心配を掛けたくなくて、前を向き続けた。

だから、生まれつき声が出なくても。上手くやれる、そう信じていた。

「陽莉ちゃんはどう思う?」

 小学生の頃、放課後の教室で雑談をしていたのを覚えている。
 性格のおかげか、声が出ないというハンディキャップを背負っていても仲良くしてくれる子はいて。友達として良好な関係を築いていた。
 話題は、好きなテレビドラマだった気がする。毎週欠かさず見るほどハマっていた私は、皆に魅力を伝えたくて、一生懸命スケッチブックに文字を書いていた。だけど、時間が掛かり過ぎたんだと思う。

「まあ、いいや。宿題やった?」

 書いている途中で、話題を変えられてしまうくらい。
 「待って」。そんな一言さえ、書かないと伝わらない。慌ててスケッチブックをめくって書き始めるけど、友達が合わせてくれなければ『私の言葉』は置いていかれる。
 どうしよう、焦りは疎外感に似た恐怖となって心を支配していく。でも、何をすればいいか分からなくなって、立ち上がるのが精一杯だった。


「ど、どうしたの?」

 急な行動に驚いたのか、全員が話を止めて私を見上げている。立ったところで状況が変わるわけではない、出来るのは問いかけに首を振るだけ。
 会話に交ぜてほしかっただけなのに、何をやっているんだろう。穴が開くような視線を感じていると、友達の一人が声を上げた。

「高宮さん、話したいことがある時は紙に書いて。じゃないと、何考えてるか分からないよ」

 それは、何気ない一言だったと思う。
もしかしたら、冗談だったのかもしれない。だって、友達は笑っていたから。
 でも、私にはその笑い声が輪唱しながら耳に響いて、気持ち悪い。早まっていく呼吸が、息苦しい。まるで、突き刺されたように心が痛くなって。
 気付けば、逃げ出していた。

 一人、部屋で膝を抱えていた。悲しい、寂しい、そんな負の感情に支配されるまま。「何を考えているか分からない」なんて、どうして……。私だって、望んでこうなったわけではないのに。
 無音の涙が、頬を伝う。声を上げたくても、喉の奥から音は出ない。だから、誰も気づかない。気付いてほしくても、気付いてくれない。
言葉が出ないだけで、どうしてこんなに辛いんだろう。普段は温かく感じる橙が、今日だけは空しく感じる。転がったランドセルを睨んでも、慰めてはくれない。

「陽莉?」

 声がした。聞き覚えのある優しい声。顔を上げると、いつの間にかセーラー服に身を包んだお姉ちゃんが目の前にいる。

「泣いてるの……?」

 顔を覗きこまれたときにはもう、その胸に飛び込んでいた。声にならない声を上げ、大粒の涙を流しながら。でも、理由は言わない。言ったら、強がりが崩れてしまう。迷惑を掛けたくなかった、声が出ないというだけでも苦労を掛けているのに、悩みまで打ち明けたらもっと困らせてしまうから。

 優しく頭を撫でてくれるお姉ちゃんの温かさを感じながら、そう誓った。 
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