副社長は花嫁教育にご執心
第一章 

女風呂に侵入者



『いつも笑顔でいなさい。人生は、自分の気持ちひとつで変わる。笑顔でいれば、何気ない日常が、特別な一日なる。あなたの名前には、そんな願いが込められているのよ』

『そう。誰だって、毎日が【祭】だったら、楽しいだろ?』


幼い頃、両親に言われた言葉は、今でもちゃんと覚えている。

そりゃ、生きていれば笑えないこともたくさんあるけど、それでも、笑顔は人を元気にする力がある。

だから私は今日も笑う。目の前の大切な人と、それから今は天国にいるふたりに向けて、精いっぱいの幸せを伝えるために。





十一月下旬、冬の訪れも間近になり、いっそう寒さを増した夜のこと。

閉店時間を過ぎたスパリゾート施設【Crystal Ocean】の大浴場で、私、野々原(ののはら)まつりは至福の時間を過ごしていた。

「あぁ~いいお湯」

私はこの施設の和食レストラン【椿庵】で接客スタッフとして働いている。この施設で働くスタッフは職種にかかわらず、福利厚生の一環として無料でお風呂が利用できるのだ。

それは閉店時間の後でも可能で、椿庵でラストまで働いた日は、この時間帯の空いたお風呂を利用することが日々の癒しだ。

「このちょっと熱めのお湯が、疲れた肩と腰に効くんだよねえ」

ばばくさい独り言が、広い浴場内に反響してよく響く。しかし、誰の迷惑にもならないのだから構わないだろう。なにせ、今日は運よく貸し切り状態なのだ。

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