きっと夢で終わらない
はっきりと聞こえた、その声。
名前を呼ばれたかと思えば、グッと力の限り腕を引っ張られる。
ふわっとした浮遊感の後に、私の身体はコンクリートの上に投げ出され、救ってくれたワイシャツ姿のその人は、そのまま線路に落ちていった。

瞬間、入って来た快速列車が私の目の前をすごい速さで走り過ぎて行く。
目の前の残像をかき消すように、ガタガタと電車が通過する。

周囲の人は私を取り囲んで「怪我はない?」「大丈夫?」と声をかけてくれるけれど、呆然とそのまま電車が通り過ぎて行くのを見ていた。


今、私を引き上げてくれたのは弘海先輩だ。
私の名前を叫んだのは、弘海先輩。
線路に飛び込んでいった後ろ姿も、間違いなく弘海先輩のもの。

でも、姿はどこにも見当たらない。



「今、人が……男の、人が……」



そういっても周りは首をかしげるだけ。
バタバタと人が駆け回り、時間が動いていく。
何人も人がやってきて私に声をかけてきたけれど、一切聞こえなかった。

地面についた手のそばには、ただ、見覚えのあるステンレス製の時計が転がっていた。
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