おやすみ、お嬢様
夜: 榛瑠

1.

波がよせて返す音が規則正しくずっとしていた。

榛瑠の左手の中に一花の手があった。

「少し寒いですね。もう帰りましょうか?」

「もう少しいたい。だめ?」

「いいですよ。でも、これ着てね」

榛瑠はそう言うと、自分の上着を脱ぐと一花の肩にかけた。ありがとう、と言って彼女は自分の肩に手をやる。

二人はまた黙ってゆっくり暗い波打ち際を歩いた。

ふと、榛瑠は自分を見上げている視線に気づいて言った。

「どうかしましたか?」

「ううん、金髪、きれいだなって。暗くても。あ、嫌だったらごめんね」

「別にあなたなら嫌じゃないですけど」

自分の見た目のことについては日本にいるときは散々言われた。一花以外の人間だったらうんざりするところだった。

一花は空を見上げる。晴れた夜空に星が瞬いている。

「叫んだことは覚えていないけど、でも、あの日はとてもきれいな夜空だったよ。ちょっと、標高上がるだけで違うものだよね」

「そうですね。私もアメリカで一時、山歩きに凝っていた時があったんですがきれいでしたね」

え? 榛瑠が? と一花が言う。

「なんか、山ってちょっと意外」

「そうですか?」

「うん。あなたって、運動神経良いけどインドアのイメージ」

「機会がなかっただけです。それに、本当の山登りじゃないですし。ハイキング程度です」

そっか、とうつむきがちに言う一花を、ああ、またつまらないこと気にしているな、と榛瑠は思って見る。どうせ、機会がなかったって言葉に自分のせいかもぐらい思っているんだろう。

しまったな、と思う。一花はどうにもならないし、一花のせいでもないことを思い悩みすぎる。

と言うより、今更なんだよね。

そんなことにイライラしていた自分はすでに過去だった。
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