姉の婚約者
帰ってくるなり、姉さんは言った。私はほぼ一睡もしてないよ。不可解すぎて眠気が来ない。

「おかえり。」

「あ、ゆりこ。すぐるさんからメール来てたよ。えっとねえ……」

 今時メールかよ。姉さんがスマホを操作している。なんで私に?伊沢さんから?

「あ、これこれ~。」

 姉さんの差し出したメール画面を見る。なになに……

「ウォークマン、バーに忘れてたのを預かってるよ。ゆりこちゃんのじゃないかな。取りに来るなら今日のバイト先は団地の先の自動車工場の倉庫にいるよ。よろしく伝えてね。」

 読みづらい文章だな。

「行かない。郵送してもらって。」

 姉さんにスマホを突き返す。行くわけがない、あんな目にあったのに。でも、姉さんは不満げに

「行きなさいよ。大事なものなんでしょう?すぐるさんにそんな手間かけさせなくても取りに行けばいいじゃない。」

「あんな不気味な人ともう会いたくない!」

「何が不気味なのよ。ゆり子が忘れたんだから自分で取りに行くの!」

「そんな事言ったってなあ……。あの人本当に”人間”よね?」

 とんでもない事を考えた。本当に吸血鬼だなんてことあるはずがないのに。なかなか深刻に聞いたつもりだったのに姉さんは手を叩いて笑い出した。
「おっかしい!ゆり子がそんな事いうなんて!」

 ああよかっ

「吸血鬼だってずっと言ってるじゃない。」

 ぞっとした。姉さんが正気だとは思えなかった。

「姉さん、自分何言ってるかわかってる?」

「うん。なにかおかしい?」

 何がおかしいのかわかってないのか?洗脳……現実、とりとめのない思考が脳内をめぐる。自分で確かめて見るしかないのか?

「……伊沢さんはどこに来いって?」

「猿田彦団地の奥にある板金工場の倉庫番してるから、8時過ぎたらいつでもいいって」

 姉さん、仕事とはいえそんな遅い時間を指定することもおかしいのよ。でもそれは言わなかった。


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