姉の婚約者

母は怒っている。
姉が泣く。

その日、我が家は阿鼻叫喚の地獄を見た。
お姉ちゃんは泣きながら愛についてかたっていたが、私は全面的にお母さんが正しいと思った。
家の中の地獄からベランダに避難すると、既に父さんがいた。薄く笑ってこちらを見て言う。

「どうしよう」

「カラオケでも行く?」
 
私は逃避を持ちかけた。
父は力なく笑いながら

「そうではなく、この状況どうにかなりませんかね?」

知らねぇよ

「火種を投げ込んだのはじぶんでしょー!逃げてないでなんとかしなさいよ!」

「いやあ、僕じゃなんともできないんだよ。ほら、ママは僕には怒らないからさ」

母はどんなに切れても、父には声を荒げたことがない。
仲が悪いわけではないが、今までしたことがなかったらしい。理由は知らない。

そんな折、家の中が一段と騒がしくなって、そして静かになった。姉の泣き声が聞こえない。
バタバタと足音が近づいてくる。
勢いよくベランダを開けたのは母だった。

「ちょっと!かなが家から出でったわよ!」

あーあ!
どうするんだ。明日も姉ちゃん、仕事だぜ


相談の上、私が駅前方面、父が公園方面捜索となった。
母はふて寝している。もう28なんだから大丈夫でしょうとの意見だった。母が正しいと思う。
でも、私はそんな状況の母と一緒にいたくない。
一緒にいたらココアをすすりながら長々と愚痴タイムに入ることは目に見えていた。
父はこの状態の母といたくない半分、姉が本気で心配が半分といった感じだ。
私は、駅前のコンビニで30分くらい時間を潰したら戻るつもりで、自転車にまたがる。
さて、ガレージから出ようかなとしたところ…

……いた。家の真ん前にいた。泣いてる。すげー泣いてる。我が姉でなかったら心霊現象だと思うな、コレ。

「お嬢さん、悲しい顔してどうしたの?」

私はふざけた態度でそばに自転車を止めて、姉の横にしゃがみこんだ。
姉さんは道路の縁石に座り込んで泣いていた。顔にハンカチを当て、とっさに持ってきたのか、仕事用のカバンを持っている。

「お母さんに言われたからって戻らないからね!」

強情だなぁ。

「別に母さんの差金じゃないよ。でも父さんは心配してる。公園まで探しに行ったよ。」

あれ?姉さん家の前にいたんだけど父さん、気が付かなかった?

「あのね、彼の家に行こうとしたんだけど、終電終わってた……」

「バカかよ!」

「他に行くとこないんだもん!家にも帰れないんだし!」

「ネカフェとかいろいろあんじゃん!」

「行ったことない!」

この箱入り娘め!だから一人暮らしの経験は要るんだよ!このままじゃどうしようもないしな……

「とりあえずほら、行くよ。」

姉さんが顔を上げた。

「どこに?」

「コンビニ。なんか甘いもんでも食べよ。今日ご飯どころじゃなかったからお腹空いたし。」

母が帰ってきてからすぐ結婚の話を始めたため結局夕飯は食べてなかった。
あーあ!今日はせっかくかぼちゃ煮付けたのになぁ
母、食べといてくれないかしら

父に姉が見つかった旨のメールをし、泣きはらした顔の姉と道を歩く。私の自転車のホイールがカラカラなる音だけが聞こえている。
深夜、人通りどころか町並みの家々は既に眠りについている。私はこの時間が嫌いじゃない。
一人暮らしの頃はたまにこうして夜を歩いていた。大抵は今日より遥かに早い時間だったが

「さっきの通知音、お父さん?」

「うん、姉さん見つかったって、一応ね。あと、かぼちゃの煮付け母さんと食べといてもらおうと思ってね」

「そう、かぼちゃの……」

会話はそれまで、駅までもなんてことのない距離をゆっくり緩やかに進んでいった。

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