春雷
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土日を挟んで一週間ぶりの大学。

夫はすごく反対していたが、
いつまでも家にいても心にくすぶるものは消えない。

自宅静養の合間に卒業式も挟んでおり、
私は残念ながら、自分が請け負った、学生達の晴れ姿を見届けることができなかった。
まあ、こんな顔で出席しても、学生が引くだろう。

春休みで学生は少ない。
マスコミがざわざわしていると聞いたので、
丁度良い。

ここまで足を運んだのは、自分の研究室を確認するためだった。

ずっと気になっていた。
部屋はすごく、
ヤバイだろう。

間違いなくヤバい。
本棚の本や、まとめていた書類。
悲惨な状況に違いない。

私は憂鬱な気分を抱えて、
ゴミ袋と、ホウキを握りしめて自分の研究室に向かった




覚悟を決めて、ドアノブを回すと、

ふわりと、優しい香りが鼻をくすぐった。


(良い匂い‥)

香りに誘われて開け放ったドアの向こう



「うそ…」




私の部屋は、私が利用していた時以上に
美しく整頓されていた。
本も棚に整理され、割れたガラス一つも
落ちていない。



「嘘‥誰がこんなに綺麗に‥?」

窓も、新しいピカピカのガラスがはまっているし、私の雑用机には、
春の花が色とりどり、
花瓶の中に活けられていた。


「え?私の部屋?だよね?」

間違いない。 鍵が開いたのだから。

おずおずと机に向かうと、私がいつも使っている黒い手帖が、花の花瓶のそばにあった。

雨が染み込んで、乾いてよれよれだ。
バリバリとページをめくると、インクがにじんで、文字が読めない。
予定を書きこんでいたのに、台無しだ。


仕方がない。これはやっぱり私の部屋だ。
現実だ。

黒い手帖を持ち上げてみると、その下に、見慣れない藤色の台帳が置いてあった。


(私の買ったやつじゃ、ないよね?)

手に取り、
ペラペラと、めくってみた。
スケジュール帳のようだ。
一月から始まり、何の記入もない。
がーーー

「あっ…!!!」


私は三月のスケジュールページに、目が止まった。

一日だけ、記入されていた。


「三月二十一日 レッドイーグルライブ参戦」


間違いなく、
このスケジュール帳は、
高村先生の贈り物だった。


「‥高村先生‥ありがとう‥」

私の手帳が、雨で駄目になったのに気づいてくれたんだね‥




その時、
コンコンと扉をノックする音がした。





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