蜜月は始まらない
#8.蜜月はすぐ近く


深く深呼吸をしてから、覚悟を決めて玄関ドアにカードキーをかざす。

ぐっと手に力を込めながらドアを開くと、すぐに中から慌ただしい足音が近づいてきた。



「華乃……っ」



錫也くんが私の目の前に立ったのは、背後でドアが閉まったのとほぼ同時だった。

のこのこと帰ってきてしまった私を、彼はどこか苦しげな表情で見下ろす。



「……錫也くん」



なぜ、彼がそんな顔をするのかわからなくて。

それでも突然姿を消したうしろめたさから、名前を呼ぶ声は自然と小さくなる。

錫也くんはますます眉を寄せて顔をしかめると、そのままむんずと私の右手首を掴んだ。

驚いて思わず持っていたボストンバッグを落としてしまうけど、それに構わず彼が手を引くから、私は慌てて靴を脱ぎ家の中へと上がった。

大股で歩く錫也くんにほとんど引きずられるようにして廊下を進み、リビングへとやって来る。

肩を押されてソファに勢いよく背中とお尻を沈めれば、すぐに錫也くんも隣にどかっと座り込んだ。



「……これ、どういうことだ」



至近距離で見下ろされながら低い声で問われ、思わず息をのむ。

彼が右手に持っているのは、私が数時間前、この部屋を出るときに残したメモだ。

左手は、まるで逃がすまいとするようにしっかりと私の右手首を掴んだまま。

震えそうになる身体を頭の中で叱咤して、怒りの見えるその瞳を見返す。
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