うるさいアドバイスは嫌味としか思えません。意気地なしのアホとののしった相手はずっと年上の先輩です。
10かつてないくらいの距離で
ビックリしたまま声も出ず、体が固まる。

力がこもって息苦しくなる。
それでも自分の方が先に我に返れた。

「石橋さん、何してるんですか?」

思ったより冷静な声で対応できた自分。
それでも力は強いから、巻き付いた腕の中で体を動かしてみる。


「最初を間違った。その後も全然ダメだった。すぐに避けられるようになったし。」

当たり前です。よくわかってるじゃないですか。それより、離して欲しい。
さっきまでそう思ってもがいてても、少しも腕は緩まず。
耳元でつぶやかれた声は思ったより悲しそうで、そっちを見ようと少しだけ顔を動かした。でも、それも無理だった。

大人しく立ち尽くす。
体に体重をかけられてて重い。

「絶対笑ってくれないよな。声をかけると緊張したような怒ったような顔をして、睨むような目をして、話をしたら簡単に返事して、すぐにどこかに行くし。他の奴にはニコニコしてるのに。」

「当たり前です。皆優しいです。私にちゃんと笑顔を向けてくれるから、笑顔を返します。石橋さんこそ、一度もそんな笑顔を向けてくれたことないです。昨日だって迫田君とはあんなに楽しそうに話をして飲んでたじゃないですか。私はあんな笑顔向けられたことないです。それはもうお互い様です。」

むしろ嫌味しか言われない私がどうして笑顔を返せると思うんだ。

とうとうアドバイスでも教育的指導でもなく、嫌味と思ってしまった。

「やめろよ。」

辞める?・・・・・・仕事?
思いっきり動いて戒めを解いたら、さっきよりは緩くなっていて簡単に抜け出せた。

「そんな事を・・・・何様でそんなことを言うんですか?そんなに嫌なら石橋さんが辞めればいいです。私は楽しく仕事してるんです。辞めたいなんて思ったことはないです。私には辞める理由はないです。」

いつの間にか手にしたジャケットもバッグも床に落ちていたらしい。
拾い上げて今度こそ玄関に向かう。

「違う、待て、仕事じゃない。辞めろって言ったのは、仕事じゃない。」

涙がでて睨む目も鋭さを失ってしまってる。
嫌味やいじめどころか、仕事を辞めろとか、何でそんなことを言われないといけないのか・・・・。そんなに・・・・。

「違う、そんな事言ってないだろう。」

両腕を強く掴まれた。

「じゃあ、何を言ってるんですか?人に報告の仕方が悪いと言いながら、少しも話が分かりません。もっと簡潔に、分かりやすく・・・・・」

後は何だったかちゃんと思い出せない、冷静じゃない。
でも石橋さんが出来てないのは分かった。
だって、全然伝わってないじゃない。

「ずっと・・・・、好きだった。初めて見た時から。まさか自分が十歳も年下の新人に一目惚れするなんて思わなかった。冗談だと思った。若さに惹かれただけだとも思った。目の前に立たれても何とも思わないだろうと、あえて突き放した。それが最初の間違いで、傷つけたのは悪かった。まっすぐに顔を見て、つい言ってしまった・・・・。悪かった。」

今も、目を見て言われた。
私が目を見てるし、見たことない目に自分が映ってる気がする。

簡潔だったと思う。
でもいきなりじゃあ、やっぱり伝わらない。
理解できない。
誰が何?
十歳年上なのはうっすらと知ってる。

迫田君の声がした。
『五歳とか、十歳とか、年上の方がいいんじゃない?』
何で今そう言うの?
何で今思い出したの?


力が抜けて離れていた腕が肩に乗った。
本当にすぐそこに向き合ってる二人のまま。
ゆっくりと動いて顔が近づいてくるのを見ていた。
軽く触れた部分から謝罪は、伝わった。
動けない分、少しだけ目を閉じた分、ゆっくり感じた。

でも、どうしたらいいのか分からない。

後ろに後ずさる。荷物をきつく握り、玄関に下がる。

話は終わった、でいいと思う。
やっと終わったんだと思う。

「失礼します。」

玄関まで後ずさり、そのまま靴を履いて外に出た。

いろんなことが起こった。
もう、何だか分からないくらい、いろんな感じに。
早く帰って和央に報告したい。

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