うるさいアドバイスは嫌味としか思えません。意気地なしのアホとののしった相手はずっと年上の先輩です。
6目が覚めた、神妙に待つ、そんな心づもりだったのに
そして思ったよりすっと眠りについたらしい。

そう言えば忘れてた。
寝室の前にバケツを置くこと。
別に危機感を感じたんじゃない、もちろん期待したわけでもない。
ただただ、先に目が覚めてきちんとしたかった。
きちんと顔を洗い着替えをして、ビックリするくらい冷静に待ち構えたかった。
寝起きでボサボサボケッと起きて来るだろう敵を、心鎮めて冷静に座って待つつもりだったから。

多分夜の途中にうっすら目が覚めて気がついた。
でも起きだすほど体は目覚めてなくて、またすうっと深く眠りに落ちた。

多分その時だと思う。
近くに人の気配を感じた気がしたのは。

頭に重みよりも温かさを感じて、声を聞いた気がした。
『なかなか難しいよな。』
誰の声?いつの記憶?

目を開けるほどの意識の浮上はなくて、やっぱり静かにまた落ちて行った。
ああ、バケツ・・・・とかうっすら思ってたから、その声が誰だか分かった気がした。
でも、まさかね。


気がついたら朝だった。
目が覚めた場所が見慣れない景色で一瞬焦った。

起き上がって、自分の服を見て思い出した。
そのまま顔を洗いに行って、鏡をのぞく。

バッグの中から化粧ポーチを出して軽く化粧をして着替える。
途中・・・・忘れていた鍵を閉めた。

まだ起きだしてくる気配はない。
歯磨きとトイレを済ませて。
携帯を見るけど、和央には何の妙案も思いついてもらえなかったらしい。

カーテンを開けて、窓も開ける。
昼間は今日も暑くなるんだろう。
今夜は美味しいビールが飲めるんだろうか?

深呼吸をして遠くを見る。
ここは賃貸って感じじゃない。
多分前の職業はお給料が良かったはずだ。
分譲を買っていたとしても不思議じゃない。
入り口の脇にもう一部屋ありそうな気がする。
バスルームやキッチンを見ても広い。
窓からソファまでの遠さが自分の部屋とは明らかに違う。
家族で住めるくらいの広さだ。

贅沢な奴め。

ソファも大きいはずだ。
本当にぐっすり眠れたから。

夜のうっすらとした記憶が何だったのかは分からない。
起きだしてきたのだろうか?
何で後輩の寝顔を見る?
夢だった??
わからない。

テーブルには『帰るな。』と命じるような昨日のメモがそのままある。
やっぱり気のせいだったのだろうか。
夢だったのだろうか。


張り切って早く起き過ぎたらしい。
こんなことなら一本くらいならビールを飲んでも良かったかも。
勝手にコーヒーサーバーにコーヒーをセットする。
適当にドサドサと粉を入れて、これまた適当にミネラルウォーターをいれて、ドリップする。
今日は牛乳をもらってやる。
勝手に使っていいと言われてる。
冷蔵庫の中もいいならコーヒーサーバーもいいだろう。
ついでに朝ごはんがを作ったら驚くだろうかとシュミレーションをしてみようと思ったが、冷蔵庫には何も入ってなかった。
完全外食派で、かつ朝は食べない派なのかもしれない。
助かった。コーヒーだけで済む。
一応二人分はいれた。
和央が言ったように、持ち腐れるほどの宝レベルの腕はない。
むしろ・・・・劇的レベルかもしれない、ある意味そんな腕前ともいえる。
恐ろしくてとても披露できない。

コーヒーだけで勘弁してもらおう。
なんならこれも褒めてくれてもいい。
気が利くじゃないか、と。

まさか朝は紅茶なんだ、とか言わないだろうな?
水しか受け付けないとか。
そんな事を考えていて、何で褒められようとしてるのかと、自分に腹が立った。

暇なので携帯を取り出して適当にサイトを見て回る。
静かな部屋、音楽もテレビもない。
鼻歌を歌いながら、大きなソファを有効に使ってのんびり時間を過ごしていた。

それは、とてもくつろいでいたとも言う。

あんまりのんびりし過ぎて、油断していて。
声をかけられたときにビックリした。

何で腹ばいになっていたんだ。
油断するにもほどがある。
くつろぎ過ぎにもほどがある。
ここは敵の陣地なのに・・・・
ああ、きちんと冷静になって座って待つつもりだったのに、本当に台無しだった。


自分が着ていたような格好で、ちょっとはボサボサしてるけど、わざわざその恰好で声をかけてきた。

「よく眠れたらしいな。良かった。少し待ってて。」

ゆっくりバスルームに歩いて行く背中を見せられた。
しばらくしてまた寝室に戻って、普通に着替えをして出てきた。

さあ、話を。
そう言いたいけど、礼節を忘れず一泊のお礼をまず言った。

「泊めていただいてありがとうございました。勝手にお水と、コーヒーを頂きました。」

「ああ、これ飲んでいいんだよな。」

残りのコーヒーを指さされる。

「もちろんです。少し濃いめに作ってしまいました。」

「ああ、目が覚めていい。ありがとう。」

お礼を言った?今、ありがとうって言った?
言えたの?そんなセリフ、言えたんだ。
美味いと言いながらこっちに来る。
ちょっとうれしい顔をしてないか、緩んでないか、俯いて引き締める。

昨日の続きだ!!

正座して、待つ。
テーブルの同じ側に座ったが広いテーブルで、当然距離がある。
当然敵は正座なんてしない。
ソファにくつろいで座ってる。
足まで組んで。

まあ、当たり前だ、自分の部屋だし。

正座をした私を見て一言。

「別に寛いでもいいけど。」

話を・・・・と言い出す前に、先に話が始まった。

「昨日楽しそうだったな。同期は女子がいなくても四人とも仲が良くていいな。」

「はい。いい人たちです。良く飲んでるので別に、普通に仲良しです。」

「・・・普通ね。」

「はい、普通です。同期ですから。」

なんか文句ある?なんてちょっと思った。

「先輩達も大体みんないい人です。優しいと思います。」

ただ一人敵がいるけど、そう今も目の前に。
そう続けたい気持ちは少し勢いがなくなった。

何でだろう。

もしや一晩の宿の恩義が、恨みを自分から削いでしまったのだろうか?
そんな簡単なものだった?

何を言われるか、それを聞いたらまたいっそう燃え上がるかもしれない。
今は冷静になれている。そういうことだろう。

顔をあげたら、こっちを見ていたらしいが、ゆっくり視線をそらされた。

馴れない正座は足が痛くなってくるのも早い。
コーヒーを飲むふりをしながらテーブルに向き直り、ゆっくり姿勢を崩す。

無念!

結局体育座りになった。狭いソファとテーブルの間でそんな姿勢。

テーブルが動いた。

ソファとテーブルの距離が出来てちょっとだけ楽になった。
わざわざ・・・・?

しばらくそのままの状態で、一体何を待ってるのかわからなくなりそうだった。

ふと、昨日先輩達に披露した仮説を思い出した。
そう考えて・・・・・夢かもしれないが夜中の言葉の意味も・・・・。

『難しい』のは、忘れること?
だから似てる私につらく当たってしまうとか?
少しは反省した?
それともまだ未練があるって事?

それは私にはどうしようもない事だ。

化粧をするともっと似てるとか?
だから、あんなこと言った?

そうだとしたら、酷く身勝手な理由でしかない。
私は知らない。どうにもできない。

今は軽く化粧しただけだ。
それでも似てるんだろうか?

さっきゆっくり逸らされた視線。

酷く振られたとかそんな事を思ってたけど、亡くなったとか、そんな結末もあるかもしれない。
消えた未来と持て余してるくらいの広い部屋。

自分の中でするっと何かが綺麗にまとまった気がした。

すっと立ち上がって、荷物を手にした。

「帰らせていただきます。」

そう言ってさっさと玄関に向かった。

「ちょっと待って。」

そんな声がしたけど、嫌ですと言って振り向きもせず玄関に向かって。
腕を掴まれることもなくするっと外に出た。

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