うるさいアドバイスは嫌味としか思えません。意気地なしのアホとののしった相手はずっと年上の先輩です。
9何度も背中を向けられた
ビールを飲みながら考えてたらいつの間にか空になっていた。
ずずっと飲み干す音がした。
しかも私の方が先に飲み切った。

大人しくピーナッツに手を伸ばす。
美味しいバタピー。ついつい手が止まらない。
ああ、喉が渇いた。

横を見たら立ち上がってくれた。

冷蔵庫から二本の缶ビールが追加された。

もちろん一本は部屋の主が飲む。


喉が渇いていて一気に半分くらい減ったかもしれない。
バレないようにそっと缶をテーブルに置いたのに、わざわざ持たれた。

ふんっ。

「夜、目が覚めてたのか?寝てる振りしてたのか?」

責めるように言われる。

「なんとなく目が覚めたような半分寝ぼけた状態で何か言葉が聞こえた気がしただけです。」

横を向いてそう言った。

「難しいとか何とか。」

何だったんだ?

思わずビールの缶に手をやりそうになって止めた。

ちょっとの間、大人しくぼんやりしよう。
両手を組み合わせて手を出さないようにした。

「難しい・・・・って言ったよ、確かに。」

「私にそっくりな前の彼女のことを忘れるのが難しいって、そう言ってると思っても不思議じゃないです。」

「不思議だよ。その時点で珍道中だったから勝手にそう思ったんだろう、アホ。」

「じゃあ他に夜中に人の寝顔を覗き込みに来る充分な理由があるなら、教えて欲しいものです。」

そう言い返したら黙った。ちょっとした勝利を味わった。
やっぱりビールを飲みたくなる。

テーブルの缶に手を伸ばそうとしたら取り上げられた。

何よ! ビールを取り上げた部屋の主を睨んだ。

「話をしよう。」

「さっきからしてますが。どこが石橋さんのしたい話なのか私にはわかりません。やっぱり説教ですか?ダメ出ししたいんですか?教育係でもないのに、私は嵯峨野さんにいろいろ教えてもらってるし、分からない時は他の先輩にも聞いてます。皆親切に教えてくれます。」

だから別にいいのに。

「はぁ?何で説教だと思うんだよ。部屋に来て説教って、色気なさすぎだろ。」

「最初の最初に化粧が濃いと言われました。出来るだけ地味にしてたのに。それでも言われてからはさらに地味にしました。色気がないとしたら少しは石橋さんのせいです。」

「悪かった。・・・あれは、悪かった。」

「反省してるんですか?取り消しますか?他の人にはもっと普通でいいとさえ言われました。昨日も言われました。」

「ああ、悪かった。ちょっと・・・・・言っただけだ。」

何だと~、ちょっと言っただけだとぉ、許せん。
いっそ薄い化粧の顔の方が俺の好みだと言ってくれた方が、まだ納得する・・・・・か?
ちょっと違う、取り消し。無し無し。

気を取り直す。

「他にもいろいろ言われました。全部説教です。良くいえばアドバイスがたまについてるダメ出しです。それ以外会話すらないです。なので説教以外の話があると思えません。」

「・・・悪かった。」

今更そんな事実に驚いたみたいな顔して、そうでしたよ。
ずっと説教だったじゃないですか!

缶ビールを取り返した。

喉が渇く。
暑いし、さっきからほとんど喧嘩腰で。
ジャケットを脱いて、バッグの上に掛ける。

取りあえずは来週から化粧をもっとちゃんとしてやる。
脱地味子。もっと明るい色を使って、少し華やかにしてやる。
急にだとびっくりされるから、少しづつ。
今度から買う服も、ちょっとおしゃれなものにしてやる。

何だったのよ。気まぐれに人の事牽制して。
本当に腹が立つ。

キッともう何度目か分からない睨みを返す。

でも、視線は合わないままスッと立たれて、歩いて行かれた。

また背中を向けられた。ついては行かない。
だって寝室でしょう?
さっきから少しも『話』が進んでないのに?

しばらく待っても出てくる気配がなく。

やっぱり向き合いたくないんじゃないの?

理由は想像とは違ったかもしれないけど、結局はそうなの?

何度も背中を向けられて、ついて来いと言われる以外もたくさんあり過ぎる。

ビールを飲み干した。
カタンと空の缶がテーブルに当たる。

ゆっくり立ち上がり、寝室の方へ行く。

「石橋さん、ビールごちそうさまでした。これで失礼します。」

軽くドアに手を置いてそう言った。

ドアノブの取っ手が動いた。このドアの向こうで手をかけてるって分かったのに、開かないドア。
無理に押し入ったりしないのに。

足音を立ててドアから離れた。
ジャケットは腕に掛けたまま玄関に向かう。

ほとんどデジャビュー。
話は半分くらいは残ってるかもしれないけど、そんなに言いにくいなら無理には聞かないのに。

ドアが開いたらしいのは追いかけてくる足音で分かった。
チラリと見たら怒った顔をしてる石橋さんが出てきて。

怒っても無理。

進まない話は知らない。
何度もそう思って、言ったはずなのに、馬鹿の一つ覚えみたいに、話がある、話がある、って。
あるならさっさと終わらせろ。
始められないなら、またにすることだって考えろ!!

「本当にお疲れさまでした。ビールとか、片づけはよろしくお願いします。」

玄関の方を向いたらまた腕を掴まれた。
これもデジャビュー。

いい加減にして欲しい。
そう思って振り返った次の瞬間体がきつくなった。

ビックリした。自分にまきついたものが石橋さんの腕で、すぐ近くに顔があって、息がかかるくらいで、自分と同じビールの匂いがして、何、これ?
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