千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

魂の座

ふたりは墓の前に居た。


「ねえ黎さん…神羅ちゃんが亡くなってどの位経ったかな。覚えてる?」


「…覚えてない」


「嘘。黎さんが数えてること知ってるんだから。…最近は発作も少し落ち着いてきたけど…まだつらい?」


「…分からない」


神羅の墓の前に居た。

澪が絶えず墓前に花を供えてくれるため、神羅の墓だけは色とりどりの花々に囲まれて、少し浮いて見えた。


澪の言う発作とは、鬼族が罹る‟恋煩い”だ。

身を焼き尽くすほど愛する者と出会うと罹ると言われて、その対象だった神羅を失った後の黎は、それはもう酷い有り様だった。

熱が出て、吐き気がして、全身悪寒に包まれて――狂おしいほどに神羅を想って胸をかきむしってしまう。

だがそうなってもなお命を落とさずに済んだのは――


「黎さん、帰ったら熱いお茶を飲んで、少しお昼寝をして、ご飯を食べてから百鬼夜行に行ってね。私、黎さんの好きなものを沢山作るからっ」


握り拳を作ってぴょんと跳ねた澪の笑顔を見た黎は、小さく笑った。

澪には申し訳ないが、神羅ほどに執着して愛した女は居ない。

けれど、神羅と出会わなかったらきっと…澪に同じほどの愛情をかけてやれただろう。

先に死ぬと分かっている者を愛してしまった自分のせいなのだ。

自分のせいなのに――澪は一度も責めることなく、傍に居てくれる。


「お前は…優しい女だな」


「ふふっ、神羅ちゃんは人にしては気性の激しい子だったもんね。私は小さい頃から鬼らしくないって言われ続けてきたけど、黎さんの役に立ってるならとっても嬉しい」


「お前が居てくれなかったら…俺は跡継ぎも残せず死んでいたかもしれない。そう考えると…とても恐ろしい」


「…桂ちゃんが死んでしまったから私に黎さんとの赤ちゃんが産まれて、その子ももうそろそろ黎さんの後を継ぐんだよ。ねえ、そうなったら旅に出ない?」


「旅…?」


「そう。黎さんはずっと毎日百鬼夜行に行かなきゃいけなくてゆっくりできなかったでしょ?だからあてのない旅に出ようよ」


澪は黎の手をぎゅっと握った。

その手はとても冷たくて――実は泣きそうになりながらも笑顔を作った。


「…そうだな、それもいいな」


「傍に居ると世話を焼いちゃうから、先代なんて傍に居ない方がいいんだよ、きっと」


帰ろう、と腕を引っ張ると、ようやく黎の足が動いた。


神羅の墓前に立ってから数時間後のことだった。
< 134 / 201 >

この作品をシェア

pagetop