冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
それぞれの道
 

 柔らかな森の木漏れ日。耳に心地よい音楽を奏でる、鳥のさえずり。

 フィラーナの目の前には、懐かしい故郷の湖の風景が広がっていた。お気に入りの場所のひとつ。

(私、どうしてここに……確か、脇腹に短剣が刺さって……)

 やや混乱しながら目を凝らすと、湖畔に誰か座っている。自分と同じ蜂蜜色の長い髪の大人の女性だ。何やら歌を口ずさんでいる。フィラーナはそれに聞き覚えがあった。

(あれは……お母様……)

 母が生前、よく歌ってくれた子守唄だ。

(お母様がいるということは……私、死んだのね……。魂だけ、故郷に帰ってきたんだわ)

 すぐに納得できたが、悲しみに胸が潰れそうだった。将来を誓ったのに、ウォルフレッドを遺してきてしまった。それに、あれからルイーズはどうなっただろう。

 フィラーナが唇を噛み締めていると、母親が立ち上がって湖の方へ歩いていくのが見えた。

「あ、お母様……!」

 慌てて追いかけたが、母親は立ち止まることなく、湖の中へ足を踏み入れた。

 そして、信じられない光景に思わず目を見張る。

 母親の身体は湖に沈むことなく、その水面を歩くように進んでいるのだ。フィラーナはしばらく呆然と眺めていたが、ハッとして再び追いかける。

(そうか、もう亡くなっているから沈まないんだわ。だったら、私も……)

 フィラーナも同様に湖に入って行く。

「お母様、待って、私も連れて行って……!」

 
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