冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 それから二日後の早朝、ようやく太陽が地平線から顔を出し、東の空が白みを帯び始めた頃のこと。

「きゃああああ!!」

 若い女の悲鳴が、一瞬にして離宮内の廊下を駆け巡った。それによって、まだ温かいベッドの中でまどろんでいたフィラーナの意識は、強制的に夢の世界から現実へと引っ張り出された。

 先ほど部屋の外から聞こえてきたのはメリッサの声だ。廊下を走るいくつかの靴音が耳に届き、騒然とした雰囲気が漂う。

 フィラーナは飛び起き、近くにあったガウンを羽織ると、扉に駆け寄って取っ手を掴んだ。しかし、押し開ける直前に外側からメリッサが声を張り上げ、それを制止する。

「フィラーナ様、見てはなりません!!」

 見るなと言われると、それに反する行動を起こしてみたくなるのが人間の性というものである。フィラーナは躊躇なく扉を開けると、廊下の状況に目を見張った。

(何……?)

 扉前の廊下部分一面に、土色や赤などの細長くうねった物体が、いくつも無作為にぶちまけられており、表面の斑模様が独特の不気味さを醸し出している。強い異臭が鼻をつき、フィラーナは顔をしかめた。それ以外にも、見ただけで鳥肌が立ちそうな形をした黒っぽい塊も点在している。

「フィラーナ様、それ以上近づいてはダメです!」

 離れた場所からメリッサが叫ぶが、フィラーナは少しだけ前に出て物体を凝視した。やがてそれらが何なのか、寝起きの脳が徐々に働き始め、認識していく。

(大量のヘビと……それに虫の死骸も……)

 皆が寝静まった頃に誰かがここに持ち込み、故意に撒き散らしたのだ。

(これは……なんてことなの……!?)

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