手の上に褒め言葉を
手の上に褒め言葉を


 改札から出てきた人たちが、そのすぐ正面の待ち合わせスポットであるステンドグラス前に立っていた人たちと次々に合流し、空いたスペースには別の人たちが収まっていく。
 待ち合わせ続行中の人たちが、スマートフォンをいじったり、文庫本を読んでいたり、ぼんやりと明後日の方向を見ていたり、様々だ。

 そんな様子を、吹き抜けになっている上階から、手すりに寄りかかりながら眺めていた。
 隣に立つ男も同じように階下を眺めていたけれど、ふと腕時計を見て息を吐いたあと「そろそろ時間だぞ」と。呟くように言った。

 わたしも同じように腕時計を見て、時間を確認してから「うん」と静かに返事した。

 ああ、もう時間か。この一時間特に会話もなく、階下を行き交う人々を眺めて過ごしてしまった。せっかく同期の青沼が見送りに来てくれたのに。もう毎日顔を合わせられなくなってしまうというのに。いつも通りの何気ない会話も、気軽な小競り合いも、できなくなってしまうというのに。なんて無意味な一時間を過ごしてしまったのだろう。

 がっくりと肩を落としながら振り返り、これからわたしが通らなくてはならない改札に目を向けた。
 その様子をしっかり見ていたのか、青沼は「なに、もうホームシック?」と茶化して笑う。

 いつもならここで気軽に小競り合いをするところだけれど、今日はどうもそんな気分になれない。「いやあ……」と曖昧な返事をして、意味もなくもう一度腕時計を確認した。


「なに、もしかして燃え尽き症候群? ばりばり仕事して、本社への栄転が決まって、目標見失ってんのか?」

「そんなんじゃ……」

 ない。それは違うと、はっきり言い切れる。この憂鬱の原因は、本社への転勤が決まったことによる燃え尽き症候群ではない。

「じゃあもっと晴れやかな顔しろよ。本社に栄転なんて、同期で一番の出世じゃねぇか。今日向こうに行って、早速明日から出社なんだろ? 本社の人たちに、え、春川さんお葬式帰りですか? って言われちまうぞ」

「うーん……」

 いつもの気軽な小競り合いが始まらないため、青沼はあからさまに大きなため息を吐いて見せ、腕時計でまだ少し時間があることを確認すると「おまえなぁ」と呆れた声で切り出した。



< 1 / 8 >

この作品をシェア

pagetop