愛を呷って嘯いて


 十四年間焦がれた相手とのキス。それを味わうように、必死で舌を絡めた。

 彼のキスは、今までした誰よりも上手で、なるほど、これなら「下手くそ」と言うのも頷ける。まさかキスだけで全身の力が抜け、こんなにも気持ち良くなってしまうとは。


 これなら。今なら。この雰囲気なら。名前くらい呼べるかもしれない。呼んでみてもいいだろうか。耕平くんと。耕平さんと。耕くんと。耕ちゃんと。耕平と。

 いや、名前よりももっと親しみやすく……。そうしたら彼も雰囲気に負けて、わたしの名前を呼んでくれるかも。ただしそれは、わたしの名前を憶えていたらの話だけれど……。


 関係を変えるつもりだったんだ。十四年間、そのために努力してきた。なら行動しなくては。こんな機会はもうないかもしれない。だから、動け。動け!

 何度も何度も自分に言い聞かせてから、腕を彼の首に回し、そして唇をくっつけたまま「お兄ちゃん」と。初めてその言葉を口にした。
 とてもか細い声だった。唇をくっつけているせいで上手く発声することもできなかった。

 彼はわたしの名を呼ぶことも、返事をすることもなかった。ただわたしの腰を抱いて唇を合わせていた。もしかしたら、わたしの名前を知らないのかもしれない。
 それを残念に思いながらも、今はキスに集中しようと、薄く開けていた目をぎゅうっと閉じた。

 でもその途端に彼の動きが止まり、閉じたばかりの目を開ける、と。彼の唇がわたしの唇からずれ、頬を掠めて、首元へ。そしてわたしの肩に顎を乗せ、ずしりと体重がかかる。

 これはキスの先への合図、なんかではなかった。聞こえてくるのは穏やかな息遣い。彼はキスの途中で力尽きて、眠ってしまっていた。


 肩に彼の頭を乗せたまま、ちらりとテーブルの上に目を向ける。ビールから始まって、日本酒、ワイン、焼酎にウイスキー。お酒の力を借りて雰囲気を紛らすつもりが、飲み過ぎてしまったらしい。

 ふ、と。こんな言葉を思い出した。

『バッカスはネプチューンよりも多くの者を溺死させた』

 たしかローマのことわざで、バッカスは酒の神、ネプチューンは水の神のことだ。

 たしかにその通りだと思う。今までどれだけの人がお酒に溺れてしまったか。今日は彼もその一人にカウントされてしまったらしい。

 ため息を吐いて、彼の広い背中を、優しく、優しく撫でた。





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