Shine Episode Ⅱ

4. 求め合う心



日本より少し遅れて季節がやってくるこの町は、東京より遥か北に位置しているが降雪するほどの寒さはない。

それでも病室の窓から見える景色には、まだ冬の名残があった。



「日本は桜の季節でしょう? もう一度行ってみたいわ……日本に行くなら絶対に春ね」


「もうそんなころか」


「トーヤの回復力がすごいって、先生が驚いてた。だけど、リハビリ、頑張りすぎじゃない?

休むことも必要よ」


「そうだな……」



籐矢はソニアの声に急に眠気を覚え、目を閉じると瞬く間に睡眠へと入り込んだ。

あの花は梅だったのか桜だったのか……

遠のく意識の中に浮かんだのは、淡いピンクの花の蕾と水穂の姿だった。



「こんなに寒いのに春の準備ですね。毎年忘れずに咲くんだから、自然ってすごい」



水穂が見上げた先に目を向けると、木々の枝先に堅い蕾が見えた。



「今年の冬は特に寒かったから、花の持ちがいいそうですよ」



誰かの受け売りを、枝を見上げたまま語る水穂の口は少し自慢げで、黙っていると品のある口元は大きく開かれ、盛んに指差しながら花の説明が続いていた。



「見てください、ここ。今にも咲きそうですよ。ちょっと神崎さん、私の話聞いてます? 

あっ、また煙草を喫ってる。ここ禁煙です。ほらすぐ消して! もぉ、ダメじゃないですか」

   

華やかな顔立ちとアンバランスな言葉遣いに苦笑いしながら、籐矢は水穂に言われるままに煙草をもみ消した。

麻衣子が生きていたら いまの水穂と似たような年頃だろう。 

お洒落や友人とのおしゃべりに楽しい時間を過ごし、気になる男もできて、デートに出かける妹の姿に兄として複雑な思いをしたかもしれない

両親にとってたった一人の娘の成長が、どれほど楽しみだったことか……

見上げた蕾に麻衣子の生涯が重なった。

花開くことなく幕を閉じた妹の無念を晴らそうと今の任務につき、ほどなく新たな任務地へと赴くことになっている。

その前にコイツにも話しておこう。

心を決め、籐矢は水穂に声をかけた。



「コラテラル・ダメージって知ってるか?」



唐突な問いかけに 「いいえ」 と水穂から返事があり、二次的被害とか予期せぬ巻き添え被害と言う意味だと籐矢は伝えた。

テロリストの標的ではない人々が受けた被害などがそうだと、意味の補足を語りながら怒りを抑えた目を空へと向けた。

先の事件で犯人の標的が水穂ではないとわかった頃から、籐矢は単独行動をとることが多くなっていた。

おまえは警護の必要はなくなった、だから一緒にいる必要はないだろうというのが籐矢の言い分だったが、 水穂から身を遠ざけているのは明らかだった。



「私と一緒に動いてください。どうして勝手な行動をするんですか、それって立派な職務放棄です」


「職務放棄だと? 笑わせるな。俺はおまえ以上に仕事をしている。そっちこそ俺の足手まといだ。

他のヤツと仕事をしろ」


「いなさら急に何を言い出すんですか? もぉ、何もかも自分本位なんだから。それじゃ私の……」


「あーっ、ゴチャゴチャ言うな。俺は俺のやり方でやる。ついてくるな、わかったな」



毎朝同じ問答を繰り返すが、水穂の言い分が聞き入れられることはなく、いつの間にか籐矢の姿は消えていた。

籐矢の考えていることはわかっていたが、それでも水穂は諦めず、避けられても避けられても執拗に食い下がった。

意地の張り合いも日常化して、いい加減水穂も言い返すことに疲れを感じ始めた頃だった。 

「明日、付き合って欲しいところがある」 と珍しく籐矢が水穂を誘った。

連休を控えた前日のことだった。

どこへ行くのかと水穂が尋ねても、行けばわかるとしか言わない籐矢は、翌日の待ち合わせ場所を告げたあと口をつぐんだ。

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