Shine Episode Ⅱ


手渡された品を前に、潤一郎は籐矢と水穂を見比べた。

二人からの祝いの品ということだが、言葉をそのまま受け取っていいものだろうかとしばし考える。



「二人からと言って渡せばいいんだね ありがとう 静夏も喜ぶだろう

それで 君たちは同棲してるのか? 一緒に暮らしてるようだが」



紅茶をブッと噴出したのは籐矢だった。

こぼれた紅茶を拭く水穂の手も、慌ててうまく拭けてはいない。



「部屋が隣だから まぁ行き来はあるが……」


「うん そうか……いや 紫子と静夏が 籐矢と水穂さんのことを気にしてた 



今の君たちの様子を教えて欲しいと頼まれていたんだ

それで どう伝えたらいいんだ? ただの上司と部下には見えないが……フランス式ってところか?」



そこで言葉をとめた潤一郎は、ふたたび二人の顔を交互に見た。

長年の友人の顔は、見たこともないほどうろたえ、横にいる彼女も落ち着かない様子だ。

問い詰めたところで、一緒に住んでいるとは認めないだろうことはわかっていた。

が、籐矢から意外な返事が返ってきた



「……そう言ってくれ」


「えっ? あぁ わかった」



水穂は、潤一郎と籐矢のやり取りに不安な顔を見せていたが、何も聞き返しはしなかった。

というのも、話が仕事の領域へと移り、気安く聞ける雰囲気ではなくなっていた。



「大使館のテロ予告は 予告にとどまったそうだな 大事に至らなかったのは良いが

その後 どうなっている」


「動きは止まったままだ こちらと同じように 向こうもこっちの手の内を探っているんだろう」


「そうか……虎太郎は大学の研究室周辺に目を光らせているよ 



変わった動きがあれば知らせがあるはずだ」


「やはり小松崎先生が絡んでいるようだな 虎太郎に無理はするなと伝えてくれ」


「わかった……そうだ 客船の情報を聞いたか クーガクルーズが落札した」


「なに?」 



潤一郎が口にした名前を聞いた籐矢は、顔色を変えた。



「あの客船を買ったのは久我だって? 本当なのか!」


「僕も驚いた まさか身内が買い取るとは思わなかったよ 

僕の方でも内々に調べている最中だったからね 探索はやりやすくなるだろうが

しかし 正直なところ 叔父に関わって欲しくなかったな」


「それはそうだ あの船は……」



籐矢と潤一郎の話は、踏み込んだものになっていた。

水穂にとって初めて耳にする事柄ばかりで、二人の話を理解することはできなかったが、

あとで籐矢が話してくれるだろうと、その場を離れた。

食器を片付けながら、潤一郎が言った 「フランス式」 の意味を考えた。

そうだ、わからなければ検索すればいいのだと気がつき、片付けもそこそこにネットの力に頼った。

検索の結果、目の前に表示された文字に、水穂は悲鳴を上げた。


『フランス式 フランス婚 結婚の形式をとらない男女を示す言葉』


瞬く間に赤くなる顔を両手で覆う。

悲鳴が聞こえたのか リビングから 「水穂 どうした!」 と心配する籐矢の声が聞こえてきた。

日本に帰ったら、どんなことを言われるか……

背中につめたい汗が流れていく。

顔を覆ってしゃがみこんだ水穂を見つけた籐矢が、リビングから駆けてきた。

リヨンの春の小さな出来事は、水穂の胸にいつまでも残ることになる。

空色は春から次の季節へと移りつつあった。


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