夏が残したテラス……
黒色の波 ~海里~
数日後……
 シュークリームの箱を乗せ車を走らせていた。勿論、自分で買ったのだ。

 海岸沿いの駐車場に車を停め、少々の緊張と期待をしながらあの店へと向かった。

 店のドアを開けると、

「いらっしゃいませ」

 梨夏さんの明るい声が響いた。


 俺を見るなり、梨夏さんはカウンターの奥から顔を覗かせた。


「あの…… これ……」

 俺は、大きなシュークリームの箱を差し出した。ここまで来て、受け取ってもらえるだろうかなどと不安になった。そんな感情も俺には初めての事だった。


「まあ、こんなにたくさん。ありがとう」

 梨夏さんは快く受け取ってくれて、俺は、胸をほっとなでおろした。

 辺りを見回したが、奏海の姿は無い。
 変わりに、美人のウエートレスがいた。その美人が、勇太の姉ちゃんの美夜である事は、その日の内に知る事になった。


「奏海、まだ学校なのよ。そろそろ帰ってくるから、皆でお茶に頂きましょう。少し待っててもらえるかしら?」

 梨夏さんは、帰ろうとした俺を引き止めてくれた。帰らなくて済むことにほっとした自分に思わず笑ってしまう。
  
 「ええ」

 俺は、嬉しい気持ちを見破られないよう、なんでもない事のように頷いた。


 扉のあいた、マリンショップの方を覗くと、おやじさんが使った後のウエットスーツを裏返しにして干している所だった。

 俺の足は、勝手におやじさんの方へ向かって歩き出していた。
 そして、俺の手は勝手に、ウエット―スーツを手にした。おやじさんの真似をして裏返してはハンガーにかける。
 おやじさんは、いいとも悪いとも言わない。

 次に、水道のでシュノーケルの道具を洗いだしたので、俺も並んで洗い出した。やっぱり何も言わない。拒否されないだけマシだと思う事にして作業を続けた。


「ねえ、奏海が帰ってきたから、お茶にしない」

 梨夏さんが、ドアを開けてショップを覗き込んだ。
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