幼なじみの甘い牙に差し押さえられました

2 悪者のストッキング

「何ここ……ホントに会社なの?」


満員電車を乗り継いで涼介の名刺に書いてある場所にたどり着くと、私には全く縁の無い異空間が広がっていた。テレビでしか見たことのない豪華なホテルのロビーみたいだ。

謎の巨大なモニュメントが飾られている中央を通り抜けて、カラス張りの壁面近くにある待ち合いスペースを目指す。ここで涼介と待ち合わせをしているのだ。


行き交う人々はびしっとスーツを着こなしているビジネスマンか、都会の雰囲気が漂うOLさん。みんな自信に溢れていて、片田舎から出てきた私はここにいるだけでビクビクしてしまう。

「あ」

遠くに涼介の姿を見つけた。涼介はこのビジネスマンの中でもひときわ颯爽として見える。

心細い気持ちから開放されて「ここだよー」と手を振ると、私に気が付いた涼介が走ってきてくれた。立ち止まると前髪がふわっと下りてくる。


「環、その格好で来たのか!?」


「だってお店用のスーツ以外はジャージしか持ってないんだもん」


「どういうワードローブなんだよ……。

女が男物のスーツ着てたら、ここにいる奴らに興味本意で質問攻めに合うぞ」


涼介が顔をしかめるけど、女らしい服なんてここ何年も着ていない。正確には個人的な事情があって私は女性の服が着られないのだ。だからこのスーツで通いたいんだけど……。


「あ、そーだ。『俺モード』にするから」


「何それ」と呆れる涼介に、スーツを着た男性が話しかける。同僚の人だろうか。


「おはよー涼介。そいつ新しいバイトさん?」


「よろしくお願いします、環です」


ちょっと意識して低い声を出すと、「なかなかのイケメンじゃん、女泣かせてそー」とからかわれた。


「泣かせたりしませんよ、女の子は壊れ物を扱うように優しくしてあげます」


「あはは、すっげー。お前天然の女たらしだな!変な色気あるし」


その人が立ち去った後で「ほらね」と涼介を仰ぎ見る。


「こうしてると男にしか見られないんだよね。初対面の人に『女ですー』って言うの面倒だから、外ではだいたい『俺』で通すの。

って言っても、声の高さ以外は何も変えてないんだけどね」


「信じらんねぇ、どっからどう見ても女だろ」


そんなことを言われるのは初めてだ。涼介の感性は普通の人と違うのかもしれない。


「山下の目は節穴なのか……」


涼介はよほどびっくりしたのか、頭を抱えて何かブツブツ言ってる。


「とにかく私はこの格好が好きだし、男に見られる事にも慣れてるから。

それに、ここでバイトするのは少しの間でしょう?だから私は男ってことにしてくれないかなぁ」


「…分かったよ。バイトしてる時はお前は男で通せ」


決意したように告げる涼介に頷くと、弛く締めたネクタイをぐいっと引っ張られる。


「うぐっ……何するの」


「お前首細いし、喉仏ないから隠しとけよ」
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