幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「小早川さんは、私がここに来なければ悪いことなんかせずに済んだと思うから。」
「そんなの納得できるかよ!お前はとんでもない不名誉と罪を擦り付けられたんだぞ。」
両肩を掴んで諭される。でも山下さんがそんなふうに怒ってくれるだけでも私には十分だ。
「彼女には大事なことを教えてくれた恩があるので。私が辞めて話が済むなら、それでいいんです」
「良いわけあるか。根も葉もない噂まで撒かれて、普通の女なら襲われてもおかしくなかったんだぞ!どんな理由であれ許されることじゃない。全部白日の元に晒すべきだ。
明日、涼介と話を」
「駄目!それは、やめて…」
涼介が知って、もし涼介が小早川さんを糾弾することになれば。
…彼女はきっと壊れてしまうだろう。だって、あの時の電話の一言だけでもう十分に傷付いていた。
「お願いします。私さえいなくなれば小早川さんはもう悪いことなんかしないから。
だから山下さんも、何も知らないふりをしてください」
「却下。だいたい俺が何も言わなくても涼介ならすぐに気付くだろ。明日、事実関係を洗って小早川を処分する。どっちにしろ変わらないぜ」
その時頬に冷たい滴が落ちた。夜空から落ちる滴が淡い光に照らされて、ぼんやりと光っている。
「雨か…」
「折り畳みならありますよ」
鞄から取り出して山下さんの頭にかざす。二人で入ると肩の先はちょっと濡れてしまうけど、無いよりましだと思う。
「いや、雨振ってきたなら屋内に……」
こちらを振り返った山下さんが言葉を途切れさせる。小さな傘なので距離が近い。
「どうしまし…」
頬に落ちた雫に手が触れていた。ひんやりする指に優しく触れられる。
いつもの山下さんとまるっきり違うから、どうして良いのかわからない。傘を落としそうになったら、傘の柄に山下さんの手が重なった。
「っ…どうして」
「お前が勝手すぎるから、俺も勝手にさせて貰うだけだ。もう気を使うの止めた。」