家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
プロローグ~とある宿屋店主のモノローグ~

 イートン伯爵領にあるアイビーヒルは温泉の湧く街だ。多くの宿が立ち並び、湯治を目的とした旅人が多く訪れる。

その温泉宿の中でも老舗にあたる【切り株亭】で、白の調理服に身を包んだ男が大きなため息をついていた。

名前はレイモンド=ネルソン。一応、ここの店主である。
一応と前置きするのは、彼がこの店を任されたのが、ほんの数日前だからだ。

老舗とはいっても【切り株亭】は大きな宿屋というわけではない。大部屋二つと個室十部屋を有し、お風呂は男女別に分かれた温泉、食事は併設の食堂【切り株の集い】でとる。何度か修復を加えられた外装は若干つぎはぎの様相を呈していて、素朴さはあれどおしゃれ感はない。

新しい宿屋が次々建設される昨今、泊り客は激減し、宿屋よりも食堂の収益でなんとか経営を維持しているような状態だ。

当然、多く人を雇う余裕などあるはずもなく、レイモンドと義父と母で構成されるネルソン一家と、従業員のランディとチェルシーという少数精鋭で成り立っていた。

もともとの店主は義父だ。レイモンドはまだ子供の頃に母の再婚でこの宿屋の息子となった。そのうち料理の才能を見いだされ、調子に乗せられ食堂の料理担当になったのが八年前の二十歳のとき。
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