結婚願望のない男
4章 結婚願望のある後輩
「もう一度『品田さんを励ます会』をやらないと、と思ってましたけど、品田さん今日は元気ですね?」

「え、そ、そう?」

向かいの席の島崎くんが、PCのモニター越しに話しかけてきた。

「昨日は目がうつろでヤバそうでしたけど、今日見たら、画面見ながらニコニコしてるし」

「えっ?私笑ってた?そんなつもりじゃなかったんだけど…」


昨日山神さんと別れてから、シャワーを浴びたらすぐに眠くなって、夢も見ないでぐっすり眠っていた。泣き疲れたのはもちろんだけど、なんだか安心したというのもあったんだと思う。
『仕事をやめたほうがいいんじゃ…』ぐらいに思っていたけれど、今の部署を一時的に異動してもいいんじゃないか、あんたなら営業でもやれる、という彼の言葉にすごく救われた気がする。彼はもちろん私の仕事内容や仕事ぶりを詳しく知っているわけではないけれど、かといって適当にお世辞を言うようなタイプでもないはずだ。これまでの私を見て思ったことを素直に言ってくれたんだと思う。
それに───

『放っておけない』

そう言われたことが、妙に嬉しかった。
なんだか、困ったときには山神さんを頼ればいいんじゃないか──私を見守ってくれるんじゃないか──そんな気がしてしまう。いや、これは私の勝手な妄想なのだけど。一見冷たそうでも、最後にはちゃんと手を差し伸べてくれる人…彼はそんな人だと思うから。

もらったタクシー代は、三千円ちょっとのおつりがきた。さすがに一万円をもらいっぱなしでは申し訳ない。またどこかで菓子折りでも買って、お礼をしなくちゃ…。


「今度は遠い目をしてる。今日はなんだか百面相ですね、何かあったんですか?」

そう島崎くんに言われて我に返る。
「あ、もうこっち見ないで!恥ずかしいから!」

向かいの席だとこういう時に困る。PCに没頭して口が開いている時や、眠くてウトウトしている時など、見られたくない顔を彼には幾度も見られてしまっているのだ。

「…ところで仕事の話に戻ってもいいですか?僕、別に意味なく品田さんの顔見てたわけじゃないですよ?今日、外出前に打ち合わせしましょって言ってたじゃないですか。そろそろ大丈夫かなって」

「あ…!そ、そうだったわね、もうこんな時間…!ええっと…じゃあ資料印刷して持っていくから、打ち合わせスペースに先に行ってて」


(いけないいけない…昨日ミスしたばっかりだもの、余計なことは考えないで仕事に集中しないと)


今日は15時から客先で打ち合わせだ。この仕事は島崎くんと二人で担当することになっている。島崎くんは私よりよほどしっかりしているけれど、私だって先輩として負けていられない。私は気持ちを切り替えて、すぐさま資料を準備した。
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