結婚願望のない男
6章 温かい雨に濡れて
それからというもの。
私と島崎くんは何度も時間を作って入念に打ち合わせをしながら、調査票案と全体設計を作り上げていった。都度、山神さんにもメールや電話でアドバイスをもらいながら、できる限り香川さんの要望を盛り込み、一方で不要な項目は大胆にカットして、なんとか予算もギリギリに収めた。私、島崎くん、山神さん3人の力を合わせて、良い案ができ始めていた。


そして。


「よしっ!これで行きましょう!」

全体スケジュールと調査票決定のための最終打ち合わせで、香川さんが笑顔で言った。山神さんも素直にうなずいてくれたので、満足してくれたようだ。
今回はこちら側もワタナベ食品側も、何をどこまで決めるか事前準備をきっちりしていたおかげで会議がスムーズに進み、無事内容決定となった。
(よかった…!)
私は胸をなでおろした。


「ありがとうございました!島崎にも、うまくいったと伝えますね」

あいにく、今日の会議は島崎くんの予定が合わず、私が一人で参加した。香川さん達のスケジュールを優先したから仕方がないのだけど、彼が何度も修正した案だし、彼自身も参加できないことを悔しがっていた。
とにかく調査の骨子は決まったので、あとはキャンペーンサイトにアクセス解析用のタグを仕込み、ユーザーにウェブアンケートをかけて、結果が上がってきたら私と島崎くんとでデータ分析をして報告書を作る…という流れになる。
まだまだこの後も仕事は続くけれど、分析する上では全体の骨子と調査票の出来がとにかく重要だから、一番の山場は越えたことになる。良い調査票が作れたから、きっとこの案件は最後までうまくいくはずだ。


「島崎さんにもよろしくお伝えくださいね。ところで…ちょっと一雨来そうな天気になってきてますけど、傘持ってますか?よかったら、余ってるビニール傘お貸ししましょうか」と、会議室を出ると香川さんが心配そうに言ってきた。

会議室を出たところにはガラス張りの広いラウンジがある。そのラウンジの窓からは、いつもなら夏の強い日差しが差し込んでいるのだけれど、今日は薄暗い雲ばかりが見えた。
香川さんの申し出はありがたいと思いつつも、私は「今日の予報では雨は降らないって言ってましたし、会社もここから歩いて20分かからないぐらいの距離なので、大丈夫です」と答えた。
そうして、香川さんや山神さんらに見送られ、私は意気揚々とワタナベ食品を後にした。


…のだけれど。


今私は、香川さんの申し出を断ったことをひどく後悔している。
(嘘でしょっ!?)
ワタナベ食品を出て数分後、真っ黒い雲が風に乗ってどんどん運ばれてきて、気づけば雷の音が聞こえ始めた。そして、これは本当に降りそうだと思って歩く速度を速めるも、ものの数分で大雨が降り始めたのだった。私は慌てて雨宿りできる場所を探す。
(こ、ここしかない…!)
慌てて駆け込んだ場所は、山神さんと出会った例の公園。屋根のある休憩スペースに、私はずぶ濡れで滑り込んだ。
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