隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
拾い上げて確認する。一枚の名刺だった。見覚えのある青色のお店のロゴ、そして……、

『店長 五十嵐 新』

五十嵐さんが入れていったんだ。
あの店の店長さんなのか。でも自分の店を持ちたいって言っていたから、オーナーは別にいるのかもしれない。
名刺の表には、お店の定休日の案内もある。

「日曜がお休みなんだ……」

無意識に声にまで出してしまい、はっとする。
一昨日に失恋したばかりの私が、違う男の人の情報に興味を持ってしまうのは、いけないことではないか。
こんなに簡単に忘れて次の恋をはじめることができるのは、前の恋が本気ではなかったみたいだ。そんなはずないのに。私は、吉沢さんのことをちゃんと好きだったはずなのに。
 
名刺の裏側には、彼のプライベートのものらしい電話番号とメールアドレスと、メッセージアプリのIDも手書きで書かれている。キスする前に私が言ったことを覚えていたのかな。
少し斜めに傾いたきれいな文字で「連絡ください」とメッセージが添えてあった。それを見た瞬間、喜びが湧き出ててくる自分が怖くなる。

だめだ、急ぎすぎている。この前まで、五十嵐さんは「無精ヒゲのだるそうな隣人」で、タイプじゃないって思ってたはず。それがたった一日二日で変わってしまうのは、今の私が冷静じゃないからだ。
もし私が彼に連絡したら、ただのお隣さんではなくなる。でも簡単に恋人になれるほど、私達はお互いをよく知らないし、彼のことを完全に信頼はしていない。
気軽な遊び相手にされたとしても、私はきっと見抜けない。というか、あんなすごいキスできる人、ただ者じゃない。

臆病者の私は、自分が傷つきたくなくて、そのまま名刺をカードケースの中にそっとしまった。
< 18 / 68 >

この作品をシェア

pagetop