隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
お店の名物らしい「スフォッリャテッラ」という菓子を勧められて注文する。
初めてたべたそれは、外はパイのような食感で、中にはクリームがたっぷりつまっている。

知らぬ間に口の端に付けてしまっていたクリームを、五十嵐さんに笑われる。トウモロコシに次いで二度目の失敗。以前の私なら、みっともなく思って恥じ入っていたことも、いつのまにか笑ってごまかせる失敗に変わっていた。

「じゃ、次いこうか」

食事を終えた後の予定も決めていたようで、五十嵐さんは地図をみることもなく歩き出す。私はすぐに彼を追った。

今日発見したこと。信号待ちで立ち止まった時に、右の手をデニムのポケットに入れのが五十嵐さんの癖らしい。自然と肘が私の方に向くから、手を伸ばしたくなってしまう。
 
「どこに行くんですか?」
「さっき、俺の好みの服着てくれるって言ったの覚えてる?」

悪戯めいた顔を急に復活させた五十嵐さんが、そのあと向かった先は呉服屋さんだった。
通りから路地に入ってすぐにみえてきた平屋の店舗。大きなガラス越しに振袖を中心とした、鮮やかな着物が並んでいる。

「せっかくの花火だし、浴衣着て行こう」

さっさと入店しようとする五十嵐さんの服の裾を、私は慌てて引っ張った。
 
「ここって、レンタルですよね?」
「うん? 買い取りだけど。下駄も帯も一式そろってるから大丈夫。着付けも髪もやってくれるってさ」

平然と言うけれど、私は冷や汗が出そうになった。
浴衣は着たい。でも観光用に気軽にレンタルできる店もあるし、買うならせめて激安で有名なファッションセンターがいい。
呉服屋さんの相場がよくわからないけど、全部揃えたら、私の一ヶ月のバイト代が吹っ飛んでしまうかもしれない。もちろん、五十嵐さんは私に買わせる気なんかないと、短い付き合いでももうわかる。だから尚更戸惑った。

「俺が見たいから、買う。それだけだから。あと、ここ知り合いの店ね」
「え?」
「地元ってやつだよ」
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