それはとても幸せで、でも胸が少し苦しくなる不思議な気持ち。理由もわからず泣いてしまいたくなるような。 
 
「どうした?」

怪訝そうに尋ねられ、私はあわてて首を振ってごかました。

「……花火楽しみですね」


    ◇ ◇ ◇ ◇


七階建てのマンションの屋上。一階がバーで二階より上は賃貸住宅になっているらしい。オーナーさんから預かった鍵を使って、重い鉄の扉を開けた。
屋上には、アウトドア用の二人掛けのベンチタイプのイスがすでに持ち込まれていて、それをセッティングすれば、今夜だけの特等席の出来上がりだ。
 
時刻は、夏の太陽が隠れた夜の七時半。
最初に高い独特の上昇音。すぐに西の空がぱっと明るくなる。きらきらと輝く大輪が花開き、お腹に直接、ドンという低い音が響いてきた。 
 
「きれい」
 
次々に打ちあがる花火に、私はすぐに夢中になった。花火って、なんでこんなにわくわくするんだろう。
 
「そうだな」

くすっと小さい笑いが聞こえた気がして、隣に座る五十嵐さんの方を向く。

「花火見てます?」
「見てない、莉々子ちゃんを見てた」

横に置いていた手の上に、五十嵐さんの手が重なった。
彼の右の瞳に、花火の光が映っている。赤、青、紫……次々に変わる色。
きれいだなと眺めていたら、五十嵐さんの身体が私の方に傾いてくる。
キスされる。キスしてもらえる。胸が、わあっと高鳴る。喜びが溢れ出てしまいそうなくらい。
でも、まだだめだ。ひとつだけ、やっぱりどうしても聞かなければいけないことがある。

花火の光が作り出す影が重なる前に、私は勇気をだして、それを声にする。