隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
挿話 五十嵐 side1
それは二年前の、桜の花が開きはじめた頃のことだ。

「五〇二号室に引っ越してきました、村井莉々子です。よろしくお願いします」

桜前線に興味がない俺は、仕事が終わり、いつものように日付が変わった後に眠りについた。疲れが溜まっていた自覚があったので、その日は昼まで寝ようと決めていた。

しかし、午前中に予期せぬ訪問客によって強制的に起こされてしまう。

どこか訛りのあるイントネーションで元気に挨拶をしてきたのは、隣に引っ越してきたという、若い女の子だった。

「……ああ、どうも。五十嵐です」

寝起きで不機嫌だったから、かなり態度は悪かっただろう。それでも彼女は嫌な顔をせずに「ご挨拶」と書かれたタオルと、たいそうな桐の箱に入った何かをくれた。書かれた文字から察するに、たぶん中身はりんごだ。

その子の頬もりんごみたいに血色がよくて、ショートパンツからは果樹園を走り回れそうな健康的な足が、がっつりみえていて、ちょっと変な気分になりかけた。

(やばい……ロリコンかよ、変態かよ)

このタイミングでの単身者用のマンションへの引っ越し。染めてない、純粋な黒髪の幼顔の女性。間違いなく先月まで制服を着ていた世代だ。だとすると俺より八つほど下か。犯罪かどうか微妙なところだが、俺の基準で完全アウトだと心に言い聞かせる。

ただの引っ越しの挨拶に、見たことのない立派なりんごまでくれた彼女は、あきらかに世間知らずの田舎のお嬢さんだ。
あの子もりんごと同じように、さぞ親に大切に育てられたんだろうと想像した。
 
次に彼女に会ったのは、数日後。俺にとって一番面倒な朝のゴミ出しの日だ。
彼女はそのまま大学に行くのか、軽い化粧と、ふわふわしたスカート姿で、前髪を気にしていた。カジュアルな服を着ていた初日に会った時より、随分大人びて見える。
 
「おはようございます、五十嵐さん」
「ああ、おはようございます」
 
地上に降りるために一緒にエレベーターに乗り込むと、わずかにいい香りが漂う。
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