隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
私は、ぺこりとお辞儀をした後視線を逸らして、逃げるようにさっさと立ち去ろうとした。
とは言っても彼も外出するらしく、結局エレベーターで一緒になってしまう。

「…………」
「…………」

二人きりのエレベーター。今までは全然平気だったのに、今日はとっても気まずい。
こっそり横目で見ると、五十嵐さんは相変わらずの無精髭と無造作な長めの髪。でも今日はスウェット姿ではなく、デニムと涼しそうな麻っぽい白シャツを、シンプルに着こなしていた。
 
無言で建物を出た私達は、同じ方向に向かって歩き出す。これはきっと偶然ではなく必然で、その理由は、単にどちらも商店街のある駅の方に向かっているからだ。

五十嵐さんは先を私に譲ってくれたから、出発の時点では後ろにいた。でもコンパスの長さには敵わず、すぐに追い越される。私は、どんどんと遠ざかる彼の背中を見ながら歩くことになった。
駅前の大通りに出る直前、五十嵐さんがふと、何かを思い出したかのように足を止める。そうして振り返って、私に言った。

「……これからラーメン食べに行くけど、一緒に来る?」
「ラーメン、ですか?」
 
考えるより先に、よだれが出てしまいそうになる。ラーメン……そういえば、ここ最近食べてない。

「ラーメンは嫌いだった? 他でもいいけど」
「好きです。大好きです! こってりでも、あっさりでも、激辛でも」

嫌いだなんて誤解されたら、ラーメンに申し訳ない。力説した私を見て五十嵐さんがぷっと噴き出した。

「じゃあ、行こう」

なんとなくフラれたてほやほやの私が、別の男の人に軽々しく付いていっていいのかなぁ……というひっかかりはある。でもラーメンだし、お隣さんだし、デートに誘われているわけでもないし。優しくされるのは嬉しいから、断る理由が思いつかなかない。

空っぽの胃袋と弱った心に従って、親切なお隣さんのお誘いに乗った私は、案内されるままに駅前のラーメン店に入った。
そこは以前から気になっていた、塩ラーメンを看板に掲げている店だ。
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