当たり前です。恋人は絶対会社の外で見つけます!
只野 譲 地味な会社員です。
仕事が終わり会社を出ると感じる開放感。
これはもう最初の頃から。

窮屈なベストとスカートの事務服に、楽ちんなおしゃれ度外視の黒い事務シューズ、パソコン用の眼鏡。
地味な事務員『只野 譲(ただの ゆずる)』から・・・それでも平凡な『只野 譲』になるだけだけど。

それでも制服を脱いで会社を出ると、やっとほっと息をつける。
そして周囲に溶け込めむようにして、会社から離れて。



私が見つけたのは細い路地を入ったところにあった昔ながらの喫茶店。
それでもとても広くて、一周回ってレトロでおしゃれ。
その証拠に客層もビジネスマン、OLさんも多い。
一人で来てパソコンで仕事らしいものをしている人もいる。
席が十分に広くとられてるのもいいのだ。
別に私はいつも一人ですが・・・・・。
それはそれ。ゆっくりできる。

レトロでも年季の入ったおじいさんだらけじゃない。
時々いるそんなレトロな人もちょっと小じゃれた感じで常連さんの雰囲気があり、カウンターでマスターたちとおしゃべりしている。


ただ分煙を叫ばない辺りが居心地いい人もいるみたい。


私は自分は吸わないけど、家では父が吸っていたので慣れている。
ここに来た日は服をハンガーにかけた後、消臭スプレーを軽くかければいい。
コーヒーはもちろん、ホットサンドや煮込みハンバーグなどの食事も美味しい。
週に一回くらい過ごしてる、大切な場所。大好きな場所。

仕事をするでもない、時々本を読んだりしてぼんやりしている。
1人で過ごすための場所なんだし・・・・自由に。

会社から離れてるけど時々見知った顔を見かける。
でも地味な私に気が付く人はいないのも・・・・・自分のいい所。



そして、今まさに隣で別れ話をし始めた二人も。


「どうしても、気持ちは変わらない?」

「変わらない。」


注文を選ぶときから雰囲気は変だった。
だってその辺のカフェよりは高いコーヒー。
二倍か三倍くらいするんだけど。
もっとワクワクして選びそうなのに。
適当に選んだ感じで。
そして注文の品が来るまでの沈黙。
丁寧に入れてくれてるから時間がかかるのに。

隣にいてもちょっと痛いくらいの緊張感。

そしてコーヒーが置かれて店員さんが去って行った後、静かに開始のベルが鳴った気がした。

「そう。荷物どうする?」

「捨てて。必要なものは持って帰ってる。」

「なるほど・・・・・。」

女性のほうが先に決意をしたらしい。
お泊りセットも徐々に回収していたらしい。
頭が勝手に話をつなげてストーリーを描く。

『なるほど。』・・・・と言うからには、男性もうっすら気がついていたんだろう。
話の初めから察するに、ここに来る前にお互いどうなるかは分かっていたらしい。

「参考までに、次が出来たとか?」

「別に。ただ、今はまったく何かが・・・・ゼロになっただけ。しばらく自由に過ごす。」

「今まで不自由だったみたいな言い方だな。」

「一人ほど自由じゃなかったって言う意味よ。」





「じゃあ。元気で、って言っても会社で会うけどね。」

女の人が席を立つ。

しつこいようですがコーヒーは美味しくて、それなりのカップで運ばれてきて、それなりに高い。
一口も飲んでないなんて。コーヒーに罪はないのに。
かわいそう。

男の人がゆっくり背もたれにもたれてコーヒーを飲む。
彼女の分も飲んでください。
せっかく丁寧にいれてくれたんだし。

そう思ったけど自分の分を少し飲んで、やっぱり席を立った。

お会計はどうなったんだろう?
彼女が伝票を持って行ったらしい。


なんだか悲しくなった。


別に恋人たちはどうでも良いが、コーヒーがかわいそう。
・・・そう思いたいけど・・・・


噂話にはあんまり加わらない私にも認知されるほどの有名なカップルだった。
美男美女。営業のホープと紅一点。
本当に同僚過ぎるふたり。
毎日嫌でも顔を見るのに。


二人が別れたという大きなニュース。
きっとすぐに噂は広まるだろう。
そしてそれぞれ新しい相手が見つかったという噂も流れてくるんだろう。
社内、社外問わず、すぐに次にいけそうな二人。
さすがに次は社外の相手にする?

私が二人を知っているからといって、二人が私を知っているとは限らない。
間違いなく知らないだろう。
出来るだけ目立たないようにしているつもりだ。

そしてその通りに目立ってない。
むしろなんの努力も必要ない、普通にしてても目立たないくらい。
だから、それが長所・・・・・です。

友達とひっそりランチをとる意外、本当に自分の席にいて、パソコンか書類に向き合っている事務員。
総務の奥の奥の席の私。

私の席は入り口からでもすぐには見えない、そんな奥の席。
与えられたパソコンは皆と同じ。
それでもいつもはオフラインで、大切な個人情報がつまったパソコンもあり、それを触れる少ない事務員の中の一人。


いろんな事務手続きはある。
日々の業務で出る精算書や申請書、すべて人が動くとお金が絡む、人が絡む。
だから自分たちの課に最終的には集まる。
いろんなところから。いろんな人から。

日々、いろんな申請に対して支払いほか、事務手続きをとる。
それが仕事。


そして月に一回そのもろもろを含めて実際にお金を動かす。
故意にも、ケアレスでもミスのないようにダブルチェックしている。
一緒に組んでいるのはベテランの女性社員の中野さん。
いまどき本当にそんなアームカバーあるんだ~、と感心するくらいお約束のような黒いアームカバーをはめて仕事をしている。
そして二人で給与を振り出す。
ということで、私たちはお互いの給与はもちろん、他のみんなの給与も知っている。
ただ私は社内の人の事をあまり知らない。
だから金額を知っていても誰なのか分からずに、あまり意味もない。


それでも役員や自分の上司の給与すら知っている。
同期の給与も。

ただこの作業のことは口外してはいない。
普通に精算事務をやってるふりだ。
多分近くの席の人にはばれてるだろう。

給与日前、二日くらいになると会議室で仕事をする二人。
内緒の仕事・・・・とまでは行かなくても口外厳禁の内容。

それが私の、地味な私の地味な仕事だ。

< 1 / 86 >

この作品をシェア

pagetop