仕事も恋も効率的に?
『ちょ、ホントに痛いですってば!!』
『.....』

無言で駐車場に連れていかれ、半ば強引に助手席に乗せられコウさんの自宅へと向かう。
終始無言のコウさんの横顔をちらっと見ると、怒っているような、切ないような、苦しいような...。いろんな感情が混じりあった顔をしている。
腕をひかれたまままま部屋へ戻ると、荷物なんて放り出して抱きしめられる。
ドクドクと、少し早い鼓動を感じる。

『...佐川さん?』
『...』

無言でぎゅうと力を入れられ、苦しくなる。

『...勝手にいなくなんなって...言ったろうが...』

絞り出すような声でポツリと呟く。

『...ごめんなさい。心配かけちゃいましたか...?』
『...当たり前だろーが...。...心臓止まるかと思った...』
『クスッ 大袈裟な...』
『全然大袈裟じゃないし...』
『...佐川さん?落ち着きました?』

他人事のように、大丈夫だなんて聞かれても嬉しいわけなくて。何で名前でも呼ばないの?とか、勝手にいなくなるなとか、離れるなとか...山ほど言いたいことがあるのに声が出ない。

ただ腕の中にある存在を確かめたくて、壊さないように離れないように、大事に大事に抱きしめることしか出来ない。

『...佐川さんってば!大丈夫ですか??』
『...お前がいなくなって死ぬほど焦った...。やっと手に入れたお前がいないのなんて、耐えられるわけねぇだろうが...』
『...そんな焦らなくても。ただ、先に駐車場戻ろうと思ってただけですよ?』
『...何でだよ。待ってたろうが...』

美奈子と話しているのを見ているかもわからないが、こいつが一緒にいて先に戻るとか、わけわかんないこと言うわけない...。
確認する意味でも聞いてしまう。

『...んと...。とりあえず~...、離して貰えますか?苦しいです...』
『...』

仕方なく緩めた腕から離れたみちは、ムスッとしてるだろう俺の顔を見て、苦笑いを浮かべている。

『...座りましょか...』
『...わかった』

ソファに座ると、少し距離をあけて座るみちに益々凹む。

怒ってたというか、モヤモヤして、大人げなかったのは私なのに、何故か凹むコウさんを慰める私がいて。勝手な心と勝手な理性が入り交じり、いつもの、セーブしてクールな自分が出てくる。

『まずは、勝手に動いてすみませんでした。駐車場行けばと思ってましたが、変なのにつかまって、しまったなーと思いました...。お騒がせしました』
『...そんなことした理由を聞いてるの』
『...んー。...邪魔したくなかったし?』
『邪魔...?』
『うん。彼女さんといらしたから、とりあえず終わるまで待ってようと思って』
『...彼女はお前。お前が見た勘違いしてる彼女とやらは、大平さんか?』
『うん、そうそう。レジ前でもザワザワしてましたよ。佐川さんカッコイイし、大平さん可愛いから』

ケロリと言うみちの顔は、飄々としていて、仕事中に見る表情そのもので。甘えた、俺にだけ見せる可愛い顔とは一変している。
端正な顔で、淡々と語るみちは美しいが、俺に興味なんてない、って言ってるようで焦りと哀しみが込み上げてくる。

『...まぁ、とりあえずお邪魔せずに終わったみたいでナニヨリです』
『...全然ナニヨリじゃねぇんだけど...』
『...?何でです?』
『最愛の女が勝手にいなくなるわ、わけわかんねー拗らせ思考に入ってるわ挙句に名前でも呼ばねぇで、何処がナニヨリになんだよ、アホが』
『...アホって...。人が気を使って...』
『要らねぇ気を使うなって言ってんだよ。俺の女はお前だろーが。逃がしてなんかやんねぇよ』
『...あのー、だから。なんつーか、ダメですよ…?とりあえずバレなくてよかったですよ』
『あ?』
『ちょっと他のがいいかなーとか思われたなら、仕方ないのですが、とりあえずこれまでにしましょう』
『...何言ってんの...?』
『???だから、彼女さんいるなら、もう少し大事にした方がいいですよってことですよ』
『...大事にしてるつもりだけど…。足りないってことだよな?わかった。もっともっと大事にする』
『そーした方がいいですよー』

自分で言っていて悲しくて哀しくて堪らないのに、私の中の冷静な顔が自分の心なんてないみたいに出てくることに驚く。
なんかのスイッチが入ってるのか、涙もこぼれることも無く、いつものように端的に話すように頭がまわる。
もう少しで感情が溢れそうな、ギリのラインに居るのも自覚してる。
あと少し、冷静に、ここで大人見せなきゃ意味が無い。あと少し頑張って引っ込んでろよ、感情、と心の中に押し込める。


『...と、いうわけで。ありがとうございました。この連休で、幸せ気分を味わわせていただきました』

それでは、と部屋に戻ろうとするみちの腕を掴む。

『待った。何言ってんの?』
『?』
『...それ、どーゆー意味?』
『そのままですけど...?』
『...?ごめん、全然わかんないんだけど...』
『え...?だからー、大平さんと仲良くして下さいねって言ってるんですよ?わからなくないでしょう』
『それが全然意味わかんないって言ってるの!』
『...んな怒らなくても...はぁ...』

特大のため息をつくみちの顔は、完全に困っている。それでも離す事なんてできないし、拗らせ彼女をどうしたら納得させられるのかをフル回転で考える。

ふと、指先を見ると、今朝つけたはずのリングがない。
サアーッと血の気が引くのがわかる。

『...お前...指輪は...?』
『あ、そうそう、これはまずいので外しました。お返ししますね。バレないよーに処分して下さいね。...私は...捨てる勇気ないので...苦笑』
『...お前、何拗れてんの?!俺の女はお前だって言ってるだろ?!』
『だから、一時でそれやっちゃ後々面倒になりますよってば。女の勘ってのは馬鹿にできないみたいだし』
『だーから!大平さんは彼女じゃないっての!あああ、もう、元カノだよ、元カノ!』
『...元カノ...』
『そーだよ!お前、変な風に考えすぎなんだよ!』
『いやいや、元カノかもしんないけど、より戻すんでしょ?んじゃいーじゃないですか』
『...やっぱり聞いてたのか...』
『あ...』

口が滑った、と顔が物語っている。

『いーじゃないですか、可愛い方ですよね。佐川さんとお似合いでしたよ?』
『...お前本気でいってんの?』
『もちろん』
『...さっきのとこ戻ろう。さっきのなんとかコン出れば、お前と俺がお似合いなのがわかるだろーからな』
『はぁ?!馬鹿なんですか?!』
『は?!』
『そんなの意味無いでしょって!何言ってんの...。ほら、明日も仕事だし、戻らないとやばいから帰りますよ』
『...どこに?』
『家ですけど』

さも当然に、完全に糸がこんがらがった愛しいみちは、拗らせ街道まっしぐら。

『お前ん家はここだろうが』
『はぁ?だから、わかんない人ですね...。ほんとに馬鹿なんですか...』
『..あぁ、馬鹿で結構...。お前がそばに居るならなんだっていい』
『はぁ...。とりあえず荷物まとめますからね』
『ダメ。許さない。言ったよな?もう離さないから覚悟しろって』
『だーかーらー、そーゆの簡単に言うから騙されちゃうんですよ』
『騙すってなんだよ?!』
『大平さんもより戻したいんだし、良かったじゃないですか。大怪我する前で私もよかったですよ』
『あのなぁぁぁ!お前の勘違い、全部解いてやるから大人しく座れ!』
『嫌です。これ以上話すことは無いです』

この頑なな考えはどうしたら覆るんだよ...。
俺が迂闊だった...。心配性で、気にするやつで、こんなに美人なのに自信なくて、仕事一筋で...。俺に甘えてる、あれが本質なのに、こんな冷静なふりしてるのに、泣きそうな顔してるってきっと本人もわかってないんだろうな。

俺にはみちしかいない、どうしたらわからせられる?考えろ考えろ、考えろ!

ピリリっとスマホが鳴る。

『電話ですよ』
『ああ』
『...離してくださいよ。早く出ないと』
『今は俺の一生がかかってるから、こっちが大事』
『は?わけわかんない、ほら、なりっぱなしです。お話あるなら、居ますから早く出てくださいって』

呆れた顔のみちをみて、腕を掴んだまま渋々スマホをとる。
液晶には 美奈子 と出ている。
なんつータイミングなわけ...?

『...早く出た方がいいですよ』

呆れ顔が益々酷くなり、美しい顔に睨まれる。
どうしようと悩んでいてもコールは収まらず、切ろうと、タッチパネルに触れる。

『もしもしー?コウ?』

ハンズフリーのボタンに触れた俺は焦ったが、みちは感情も出さず、腕を振り払ってソファの背もたれに寄りかかる。

『あ、あぁ...』

慌てて切り替えて電話に出る。

『彼女と合流できた?』
『あぁ...』
『本忘れてったから持ってきておいたよ?届けようと思ってマンションまできたんだけど?』
『え、え?!!』

慌てすぎて買った本がないことに今気が付く。

『いや、今はちょっと...』
『何よ、いーじゃない。ロック開けてくれる?』
『いや、だから...』
『本渡すだけよ。さっきはごめんね。ちょっと羨ましかったのよ...。ぜひ隠したい彼女も見たいし!ね、わざわざ届けに来たんだから!』
『わざわざって、帰り道の途中なんじゃ...』
『ま、そーとも言うわね 笑』

まったく、と思ったのもつかの間。
みちが部屋に戻ってガサガサしてるのに気が付く。

『ちょ、ちょっと待って!』
『わかったわー』
『あ、そーじゃない!ちょ、みち!』
『?あら?彼女と喧嘩中??タイミング悪かった?』
『ちょっと今は無理、ごめん!本は後でいいから!』

終話ボタンをタップし、みちの元へ行くと、さっきまでの冷徹な顔はどこに行ったのか、とても切なくて哀しくて、傷ついた顔のみちがいる。

『みち!』
『すみません。今は話したくないです。あとで連絡します...。お世話になりました』
『ちょ...』
『もう、離しちゃダメだと思いますよ。遊びも程々になさらないと、私みたいに面倒臭い女だと大変ですよ』

苦笑しながら玄関へと向かうみちをつかまえるが、また電話がなる。

『ほらほら。また連絡します』

あわあわとしてしまい、パタンと閉まるドアに、みちがいなくなってしまうという焦りに心臓がうるさい。
鳴り止まないスマホをそのままに、心が動かなくて、どうしていいかわからない。

あの場で美奈子に断りを入れればこんな事にもならず、中途半端な気遣いが、みちにとって俺はいらないって思わせてしまい。何度言っても閉ざされた心を開けてくれるわけでもなく、頭がぐちゃぐちゃになる。

とにかく...とめないと...!
やっと動いた思考。エレベーターより階段の方が早い!そう信じ、急いで階段をかけ下りる。
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