僕に君の愛のカケラをください
そばにいてほしい
午前3時。

葉月は、ジロウのミルクを作るために台所に立っていた。

熱湯を哺乳瓶に入れ、水道から流水を直接ガラスの部分にかけてお湯の温度を60℃前後にする。

前腕の内側にお湯を垂らして適温を確認すると、粉ミルクを適量入れてミルクを作る。

葉月は足音を立てないようにそっと廊下を戻ろうとした。

眠っているはずの蒼真の部屋から明かりが漏れ、小さな呻き声が聞こえる。

怪訝に思った葉月は、ゆっくりと蒼真の部屋に近づいた。

半開きのドア、つけっばなしの電気。

中央に置かれたベッドには、体を丸めた蒼真が肩を震わせて眠っている。

蒼真の顔は悲しげに歪んだままで呻き声を漏らしている。

「蒼真、、、さん?」

葉月は、思わずベッドサイドに屈んで膝をつき、蒼真の頬に右手を当てて呟いていた。

自分の行動に驚いた葉月は、慌てて手を離そうとする。

「いやだ、、、いかないで」

反射的に葉月の右腕を掴んだ蒼真の掌は氷のように冷たかった。

目を閉じたままの蒼真の顔には、依然として不安が浮かび上がっている。怖い夢を見ているのだろう。

動物も夢を見てうなされることがある。

農業大学校で寝泊まりをしていた葉月は、そんなとき、動物の頭を撫でて安心させた。

そうすると、動物も嘘のように穏やかな顔になり眠りにつくのだ。

蒼真も何か葉月の伺い知れない闇を抱えているのかもしれない。

葉月は、犬用の哺乳瓶をベッドサイドに置くと、掴まれていない方の左手で蒼真の頭を撫でた。

「蒼真さん、大丈夫ですよ。私が今日は側にいますから。でも、ジロウにもミルクをあげないと弱ってしまいます。すぐに戻ってきますから、待っててくれますか?」

耳元で優しく呟くと、安心したように掴んでいた手が緩む。

「約束、、、」

今だ夢の中の蒼真に苦笑をして、

「はい、約束します」

葉月は一旦、自室に戻って、ジロウの入ったゲージごと抱えて蒼真の部屋に戻ってきた。

そして、蒼真のパソコンラック用の椅子に腰かけると、ジロウに授乳し、排泄の世話を済ませた。

手を洗いに洗面所に行って戻ると、葉月は蒼真の隣に横になり、そっとその大きな体に寄り添う。

"この人に今必要なのは誰かの温もりだ"

本能的に蒼真の必要とすることを認識した葉月は

「蒼真さん、大丈夫。戻って来ましたよ。安心して眠ってね」

その声を聞いて、蒼真の腕が葉月の腰をゆっくりと抱く。

甘えるように安心しきった顔で葉月の胸に顔を埋める蒼真を抱き締め返しながら、葉月も深い眠りに落ちていった。
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