「お願いします!」
ぱんぱんに膨れたボストンバッグを抱えた並木さんは、深々と頭を下げた。
後頭部でひとつにくくられた髪の毛も一緒にぴょこんとおじぎをする。
「しばらくお店に泊まりこみさせてくださいっ」
店長の困り果てた顔を、久しぶりに見た気がした。
残り火のような残暑も消え去って、秋物のコートを羽織って来店するお客様の増えてきた10月半ば。
ベトナムコーヒーも、わたしが考案してみんなで練り直したベトナムのデザートであるチェーも、今月からついにレギュラーメニューとなった。
Ray★こと友人の麗子がすかさずインスタに載せてバズらせてくれたおかげで、ベトナムメニューはいきなり好調だ。
チェーにココナッツミルクを使うので、ついでに日替わりランチとしてアジアンカレーを登場させ、カフェ「水鏡」の雰囲気やにおいは以前のものとは少しずつ変わりつつあった。
変わりつつあると言えば、店長とわたしの関係も──。